番外編 ジルのアル観察日記-2



「ただいま!」

「おか…えり。」



久々にリアに会ったアルの姿を見たら、まだ忘れられていないんだろうなってのがすぐにわかった。もともと誰を紹介されても見向きもしないところからそんなことは分かっていたはずなんだけど、我が弟ながら不器用で不格好で、そしてまっすぐなやつだと思う。



「リア、送ってく。」



リアのおかげでアルが頑張れているってことは分かっている。それに俺にとってリアは妹みたいなものだから、リアがテムライムで幸せそうにしていることだってすごく嬉しいことだ。


それでもいつまでも報われない弟の気持ちを想うと、すごく苦しい気持ちにもなる。






リアが帰った後、とても些細なことで王に呼び出しをくらった。

王が交代してからというもの、こういうことが増えた。かと言って、俺には断る権利もない。



「ジル様!」



今回も別に夜呼び出されるほどの要件ではなかったことにうんざりしながら家に帰ろうすると、アルのところの団員の一人が俺に駆け寄ってきた。何事だと思って話を聞いてみると、リアの家に襲撃者が来たというから、俺も急いでリアの家に向かった。



「これは…。」



アルの団は、言うまでもなく騎士団の中でも最強の団だ。

元々素質のあったアルは団長になってから団員一人一人の実力を底上げして、そのおかげで俺が団長をしていた時よりずっと強くなっているのが見ていてわかる。


それなのにその団が壊滅的にやられていた。どうやら薬のようなもので意識を飛ばされたらしく、敵の下っ端みたいなやつらも転がるみたいにして倒れていた。

そしてアルも何かで殴られたのとその薬のせいで、意識を失ったまま手当をされていた。命に別状はないと救護隊から聞いた俺は、「アル!」と声をかけてアルを起こした。



「俺…。」



リアが連れ去れられたことを伝えると、アルは案の定がっくりと肩を落とした。予想はしていたけどその心の折れっぷりは、見ていてこちらが情けなくなるほどだった。



「お前はこれまで、リオレッドのために頑張ってきたはずだ。リアが大切にしてきた、リオレッドのために。」



こんな情けない顔をしているくらいなら置いて行こうかと思った。

でも危険を察知してくれたのはアルで、アルがいなければもっとひどいことになっていた。



「リアはもう、お前とは一緒に歩いていないのか?お前はもう、リアのためには頑張れないのか?」



アルは多分、一人で戦っている気持ちになっている。一人で歩いていて、一人で負けたと思っている。でもそれは違う。危険を察知しきれなかった俺にも落ち度はあるし、勝てなかった団員にだって落ち度がある。


それにまだ手遅れじゃない、俺たちはまだリアを守っている途中にいる。



アルは俺の言葉を聞いた後、光のともった目になった。そしてすぐに「行こう」と言って立ち上がって、どこへ行くかも分からないのにどんどん前へ歩きはじめた。





それからすぐ、ウィルがリアの居場所を探し当ててくれた。リアはどうやら船に乗せられて、どこかに売られる算段になっているらしい。リアが作った道を使って、リアを売らせるなんて、そんなことされてたまるかと思った。

心配した父さんも行くと言ったけど俺はなんとかそれを止めて、アルと残っている団員、そして他の団員達も連れて潜伏場所へと向かった。



主犯格にはバレないように、俺たちは静かに見張り役をどんどん蹴散らして言った。作戦もなしに襲撃を受けたさっきとは状況が違う。ウィルが立ててくれた緻密な計画通り俺たちはひとまず船の周りに配置されていた敵たちを排除して、それぞれ配置についた。



俺は直前まで隠れて、相手ボスに不意打ちをする役割をもらった。アルが正面突破して来るまでに敵を倒しつつリアが監禁されているだろう部屋に近づくと、その部屋には小さな窓みたいなものがあった。

こっそりその窓からのぞいてみると、リアが大きな男にキスをされていた。醸し出す雰囲気から、そいつがボスということは何となくわかった。



早く、早く助けたい…っ。



今飛び出せばすべてが無駄になるって分かっているし、リアが何をされるかわからない。だからここでジッとしているのがベストだってわかってるんだけど、いてもたってもいられなくなった。



「かわいそうだな、って思って。」



俺がソワソワしていたその時、なぜかそんな状況で笑ったリアが冷たい声で言った。驚いてリアの方を見て見ると、大男もすごく驚いた顔をしていた。



「自分より弱いものを痛めつける事でしか、目的を達成できないんでしょ?こんなやり方しか出来なくて、本当にかわいそう。」



リアはこんな状況で、男に啖呵を切っていた。

さらわれてほぼ裸にされているっていうのに、たくましすぎて思わず吹き出して笑ってしまいそうになった。



「品格?そんなものいつでも捨てられる。私のちっぽけな品格で何かが守れるなら安いものだと思わない?」



リアは、本当に強い子だ。

誰かのために自分を犠牲に出来る子だ。そんなことなかなかできる事じゃないと思う。誰だって自分が一番かわいいし、自分を優先したくなると思う。


だから本当に素晴らしい事なんだけど、ちょっとは自分のことも考えろって説教しなくちゃいけないなと思った。



「お前がそういうなら、好きにさせてもらおうか。」



男は案の定、怒りに震えてリアの下着を完全に破り去った。いよいよ我慢できなくなった俺が飛び出そうとしたその時、向こうの方でアルが「リア!!!!」と叫ぶ声が聞こえた。



そうやって登場したアルは、立派にリアを守り切った。二人のたくましい姿に感化された俺も、まだ残っている敵を素早く排除していくことに成功した。






それからリアは無事、家に戻ることができた。

ケガは多かったしたくさん心にも傷を負わせたと思うけど、とりあえず生きて返すことが出来て、本当に良かった。



そしてアルは、リアのそばを離れようとしなかった。俺もリアが心配でたまらなかったけど、とりあえずアルにその場は任せて、捕まえたやつらの尋問に専念することにした。



「よし…。」



ある程度尋問が終わった頃、そろそろアルと交代しようと思った。

もうあれから2日、アルは多分寝ていない。そんな状態ではまともに人を守れないと思って、リアの家へと向かった。



リアの家が目と鼻の先まで迫った頃、エバン君が必死な形相で家に入って行く姿が見えた。

俺はもう必要なくなったなと思いながらも、リアの顔を見なくては満足できなくて、俺もエバン君の後姿を追った。



…バンッ!



「おっと…。」



エバン君はまだリアが寝ているだろうに、部屋のドアを勢いよく開けた。

襲われて間もないんだから怖がってしまうかもしれないだろうって思ったけど、そうなってしまう気持ちも理解できるから、そっと見守ることにした。



ドアの外で、二人の再会の様子を眺めた。



「全部…っ、私のせいなの…。私が悪かったの、だから…っ。」



するとリアは今まで見せなかった表情で、声を上げて泣いた。



――――かなわない。



リアの表情を見て、そう思った。エバン君が抱きしめただけで、声をかけただけで、リアは一瞬で安心した顔になった。



リアのことは小さい頃から見てきたはずだ。関係が長いだけじゃなく、とても深い絆みたいなもので結ばれていると勝手に思っている。

それでもエバン君には絶対にかなわない。リアの表情を見てそれを察した俺は、少しだけ悔しい気持ちにもなった。




俺がそんな気持ちになったんだから、きっとアルはもっと複雑だと思う。それなのにアイツはエバン君にしっかりと頭を下げて、今回のことを謝罪した。


すごく立派だと思った。我が弟ながらに、立派な騎士団長になってくれたと嬉しくなった。するとエバン君はそんなアルにありがとうと深く頭を下げてくれて、二人は固く握手を交わしていた。



「じゃ、俺帰るわ。」



それからすぐ、2日間引っ付いていたアルはあっさりと部屋を出てきた。部屋を出るときにアルの横顔を見ると、今にも泣きそうな顔をしている気がした。



「お疲れ。」



去ろうとするアルに、そう声をかけた。

するとアルはその場で足を止めて、「ああ」といつもの調子で言った。



「よくやったよ。」



本当によくやった。

一度はさらわれてしまったんだから、確かにまだ修業は足りない。本当はケガ一つなく助けたかったっていう気持ちもよく分かる。


でも…。



「お前が守ったんだ、リアの未来を。」



今リアが大切な人と再会する未来を作ったのは、まぎれもなくアルだ。

アルはリアの未来を、しっかりと守り切った。



アルは何も言わずに、右手を軽く上げて去って行った。すごく堂々と歩いていたけど、俺にはその背中が泣いているように見えた。

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