番外編 アルのリア観察日記-2


「リアが帰って来るって!」



リアに最後に会ったのは、確かアイツの結婚式だった。別に避けていたわけじゃない。会う機会がなかったから5年間も会わなかったんだ、と思う。



会うのが久しぶりすぎて、どんな顔をして会えばいいのかわからない。どんな話をすればいいのかも分からない。


だからリアが家に遊びに来てくれたっていうのに素直に出て行けなくて、とりあえずみんなの再会を遠くから眺めることにした。



「リア…。」



5年ぶりに見ても、リアはリアだった。

太陽に反射してキラキラと輝く金色の髪、透けるような白い肌。そして笑うだけでその場が明るくなったかのように感じる、まぶしい笑顔。


そんなリアが抱いている小さな女の子は、恥ずかしそうにリアの胸に顔をうずめていた。ちらっと見えたその子の顔は、初めて会ったリアにそっくりで、あの日のことを鮮明に思い出してしまった。




「何してるんだ。」



後ろから来たウィル兄さんが、俺の背中を押した。

いよいよ出て行くしかなくなった俺は、「別に何も」と言って玄関から一歩外に出た。



「お前が来ると相変わらずうるさいな。」



元気そうでよかった。

本当はそう言いたかったのに、やっぱり俺の口からは憎まれ口が出てきた。


どうしてこんなことしか言えないんだろう。いつまでたっても俺は成長しない。そんなことをうじうじと考えていると、リアはこちらに近づいてきて、勢いよく俺に抱き着いた。



「ただいま!」



抱き着かれた瞬間、リアの香りがした。久しぶりに感じるリアの香りはとても心地よく、そして同時に心がズキっと痛んだ。




「おか…えり。」



無事でいてくれて、よかった。

やっぱり言葉では伝えられなくて、その代わりに頭を撫でた。するとリアは少し驚いた顔でにっこり笑った後、「大人になったね」なんて言ってきた。



しばらく会わなかったから、もうリアのことなんて忘れたと思っていた。

でも一目見た時からまるで昨日のことみたいに鮮明に、あの頃の気持ちがよみがえってきた。


大人になっても、リアが遠くに行ってしまっても、気持ちは全然変わらない。どうしてこんなにも変わらないのか自分でも嫌気がさすほどに、俺はまだリアが大好きだった。





「送ってくれてありがとう。」

「おう、またな。」



しばらく家で遊んで疲れ切ってしまった子供たちを一人で連れて行かせるわけにはいかないと思って、リアを家まで送った。


でもこれ以上リアの顔を見ていたらおかしくなりそうだった。だから俺は出来るだけあっさりとリアの家を去って、もうしばらく会わないでおこうって決めた。



するとその時、どこからか視線を感じた気がした。

何も気が付かないふりをしてリアの家の迎えに目配せしてみると、家の屋根でなにか影が動くのがわかった。



――――誰か、いる。



騎士としての俺の感覚が危険を伝えてきた。もうしばらく会わないと決めていたはずの俺はまたリアの家の扉をすぐに開いて、出来るだけ自然に家の中に入り直した。




「お前今日、家から出んなよ。」



俺がよっぽど怖い顔をしていたのか、リアは体をこわばらせて話を聞いていた。でも最後は納得してくれたから俺は一旦リアの家を後にして、団員を招集することにした。



「位置につけ。」

「はい。」



ジル兄さんはあの後すぐ王に呼び出されて、どこかに行ってしまっていた。

一応連絡が行くようにはしておいたけど、もしかしたらさっき見た人影だって俺の思い違いなのかもしれない。


念には念をと父さんに教わってきた俺は、何事もない事を祈りながらリアの家の周りに潜んだ。



「お前!誰だ…っ!」



そんな俺の願いもむなしく、すぐ近くで団員が叫ぶ声と誰かが誰かを殴る音が聞こえた。急いでその声の方に向かうと、そこには数人の怪しい男たちと、戦っている団員の姿が見えた。



そこからは無我夢中だった。

思ったよりも敵は多くて、その上何か特別な訓練を受けているってのが分かるほど強かった。だからと言ってリアにこいつらを近づけるわけにはいかない。俺は必死で目の前の敵と戦い続けた。




パリーンッ



しばらく戦っていた時、遠くの方から今度は窓ガラスが割れる音がした。

音がした方向がどう考えてもリアの部屋の方な気がした俺は、その場を団員に任せて一目散にリアの部屋の方へと向かった。




リアの部屋の下まで来てみると、やっぱり窓ガラスが割れていた。俺はとにかく必死で二階まで登って、窓から部屋の中の様子を覗いた。



するとリアはカイとケンを自分の後ろに隠しながら、敵と対峙していた。子どもたちを守るために強い顔はしていたけど、体が小さく震えているのが分かった。



――――俺が、守る。



王様が死んだあの日。

もう俺がリアを守れるのはあれが最後なんだって思った。リアを守るのは俺の役割じゃなくて、もうエバンの役割になるんだと思っていた。でも今になって、あの日の誓いが果たせる瞬間がやってきた。


俺は決意を決めて男に近づいて行って、持っていた武器を思いっきりそいつへと向けた。




家の中にも知らないうちに数名の侵入者が紛れ込んでいた。その中の一人がリオレッド騎士団から奪ったであろう服を着ていたせいで、俺は一瞬油断してしまった。そのせいで背後から来た敵に気づかず殴られて、情けなくその場に倒れこんだ。

半分なくなりかけている意識の中で、リアの方を見た。すると侵入してきた男が、無理矢理リアにキスしている映像が目に飛び込んできた。



頼むから、もうやめてくれ。俺は死んでもいい、殺されてもいい。だからどうかリアだけは…。



立ち上がってそう言いたいのに、まるで頭と体が別々になったみたいに動かなった。なんとか意識だけは失わずにいようと無理やりにでも立ち上がろうとしていた時、目線の先でリアが床にたたきつけられた。



「ぐぁ…っ!」

「騎士団長さんが、聞いてあきれるねぇ。」

「やめて…っ!!!」



そしてその後すぐ、男は見せつけるみたいにして俺を踏んだ。するとリアは必死な顔をして、その男の足にしがみついた。


「やめろ…。」



俺のために、俺なんかのために、これ以上危ないことはしないでくれ。頼むから、お願いだから、リア…。



「どこに連れてってくれてもいい。私には何をしてもいい…っ。だからこれ以上…!」


それなのにリアは、やめようとはしなかった。その上自分で服を脱ぎ始めて、ほぼ裸みたいな格好で男に頭を下げた。あろうことか男に、「好きにしてほしい」と言った。



その言葉通り、男はリアに何度もキスをした。

体が動かない状態でその光景を見させられるほど、屈辱なことはなかった。



「あなたね、こんな…っ!」



リアはこの期に及んで、自分を痛めつけてくる男に何かを言おうとしてた。それなのに急に電池が切れたみたいに、その場にバタリと倒れこんだ。



「リ、ア…っ。」



必死で声を絞り出してリアを呼んだ。

するとリアは焦点の合わない目で、俺を見た。そしてリアはこんな状況なのに、いつも通りのまぶしい笑顔で笑った。



「守ってくれて…ありが、と…。」



また、守れなかった。

結局リアを、俺は守ることが出来なかった。



「ありが…。」



それなのにリアは笑っていた。笑って何度もお礼を言った。



「ごめん…ね…。」



そして謝った。謝らなければいけないのは俺の方なのに、リアは泣きそうな顔で謝った。そして目を閉じたと思ったら、リアはピクリとも動かなくなった。



「じゃあな、団長さん。」



男はそう言い残して、リアを担いでどこかへ消えた。俺はやっぱりリアを守れないまま、その場で意識を失った。





「…アルッ!」



次に目を覚ますと、目の前にはジル兄さんがいた。殴られた頭がずきずきと痛んだ。でも俺は必死で体を起こして、「リアは?!」と聞いた。



「今全力で探してる。そんなに遠くには行ってないと思う。そのうちウィルがどこにいるか探してくれるはずだ。」



その場に居たのに、また守れなかった。

肩を落として奥の方の部屋を見ると、アシュリーさんが泣いている子供たちをあやしていた。


リアを守れなかったうえに、俺はリアの大事な人たちまで泣かせている。



「俺…。」



こんなんで、団長なんてしていていいんだろうか。

やっぱり人を守る仕事なんて向いていなかったんだ。リアになんか出会わず、子どもの頃に騎士をやめていたらよかったんだ。



そしたらリアはきっと今頃誰かに守られて…。



「情けないな。」



すると兄さんが呆れた様子で言った。ズキっと胸が痛む感じがしたのは、否定が出来ないからだと思う。



「どうする?」



うなだれている俺に、兄さんは続けて言った。もう俺なんか行ったって何の役にも立たない。兄さんが帰ってきたなら、いっそのこと兄さんにリアを守ってもらった方が、きっとリアも喜ぶ。



「お前は今まで何のために頑張ってきたんだ。」



情けなさに打ちひしがれて何も言えなくなっている俺に、兄さんは怖い顔をして言った。


最初はただ、騎士の家に生まれたからっていう理由で訓練を始めた。

でもリアに出会って、"リアを守る"という理由ができた。そのためだけに頑張っていた。



「アル。」



すると兄さんは俺の目の前でしゃがんだ。

そして今度は優しい目をして、俺をまっすぐ見た。



「誰かのために頑張るから、俺たちは強くいられるんだ。誰かと一緒に歩いているから、戦っていけるんだ。」



リアのために頑張ったから、折れずにここまで来れた。

兄さんたちが、そして団員たちが一緒に歩いてくれたから、俺はここまで戦ってこられた。



「お前はこれまで、リオレッドのために頑張ってきたはずだ。リアが大切にしてきた、リオレッドのために。」



リオレッドという国は、リアが何よりも大切にしたものだった。

思えばリアがいなくなってからも頑張れたのは、リアが帰ったとき、リオレッドは変わったと失望されないためだったのかもしれない。



「リアはもう、お前とは一緒に歩いていないのか?お前はもう、リアのためには頑張れないのか?」



確かにリアはもうテムライムに行ってしまった。他の男の元へ行ってしまった。

でもリアはテムライムにいても、きっとリオレッドのことも考えてくれている。そしてアイツはどこにいたって、自分以外の誰かのことを考えて頑張っている。



「俺…。」



リアの隣にいるのはもう俺ではない。リアは今隣にいてくれるエバンと、幸せそうに歩いている。


リアのことはもう守れないと思っていた。守るのは俺の仕事ではないと思っていた。でも違う。俺はまだ、"リアの幸せ"を守ることが出来るはずだ。



「行こう。」

「そうだね。」



今でもどうしてこんなにリアのことが好きなのか、いくら考えても答えは出ない。考えれば考えるほど、胸が締め付けられるように痛い。



それでも俺はやっぱり、リアのことを考えることをやめられない。リアが好きなことを、やめることができない。


だったら飽きるまで何度だってリアのことを想おう。飽きるくらい何度だって、リアを守るために頑張ろう。



出来ないことを数えるのはやめて、出来なかったことを後悔するのをやめて、今できることを一生懸命考えよう。



だってきっとリアなら、そうするだろうから。



まだ少しフラフラする足をなんとか奮い立たせて、俺は立ち上がった。まだどこにいったらいいかもわからないのに、前に進みだす足をとめられなかった。

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