第28話 マントさんへの提案
「ところでマントさん。」
私は男の方を見て、明るいトーンで言った。男は"マントさん"と呼ばれたことに驚いたのか、下を向いたまま肩を震わせた。
「このまま黙っていたとして、人質が無事に返されると思うの?相手はあなたたちを見捨てて逃げたやつらよ?そんな律儀に、約束を果たすかしら。」
そんなマントさんに私ははっきりと言った。そんなことは彼が一番分かっているんだろう。どうしようか考えているのか途方に暮れているのかはよく分からないけど、とにかく彼は下を向いたまま顔を上げようとしなかった。
「それにね。このままだと、私はあなたたちを潰しに行きます。」
その言葉を聞いて、マントさんはやっと顔を上げた。そしてムッとした顔になって「なに?」と言った。
「もちろん暴力ではありません。力ではかなわないことくらいわかってますから。」
"つぶす"と言っても、私が剣を持ってボスのところに行ったとしても、パンチ一つで殺されてしまうんだろう。私だってそんな考えなしのアホではない。
「今回のこと、テムライム王に報告させていただきます。テムライム王は本当に素晴らしいお方です。きっと何をされたのか報告したら、動いてくださるでしょうね。」
それは脅しでも何でもなく、事実だ。
王様に今日のことを詳しく説明したら、私のために怒ってくださることが想像できる。
「今回のことに関わったすべての人たちを徹底的に調べ上げた挙句、国としてつぶしてもらいましょう。もちろんあなたたちのお仲間を誘拐した方たちのこともです。彼らにバレないように調べ上げた末潰しに行くので、きっとあなたが全て話したと思われるでしょうね。」
するとマントさんは怒りで全身を震わせながら私を見た。
その目が本当に怖くて私も震えそうになったけど、横に座っているエバンさんがそっと手を重ねてくれたから、なんとか気持ちを落ち着かせられた。
「と、思っているのですが、私も鬼ではありません。今も仲間を守るために今も戦っているマントさんに一つ提案があります。」
そう言うとマントさんはさっきまで怒りで震わせていた体を沈めて、キョトンとした顔で私をみた。私は今できる限りの笑顔を作って、「約束を、してください」と語りかけた。
「今回のことを洗いざらい話す事。そしてもう暴力行為は行わなわず、こちらから要請をしたら、奉仕活動にも従事すること。」
マントさんは少し驚いた顔で私を見ていた。そのまま私が話を進めようとすると、エバンさんが私の手をギュっと握った。きっと何かを話したいんだなと察した私は、エバンさんの方を見て大きくうなずいた。
「それさえ約束してくれれば、ディミトロフ家が責任をもってあなたたちのお仲間を助けに行きましょう。その代わり約束を破った瞬間、国の力を持って、全力で潰しに行きます。」
エバンさんはとても力強く、そう言った。
その力強さに私も思わず見とれていると、エバンさんは私の方を見て、今度は優しい目で一つうなずいてみせた。
「この交渉を、あなたたちのボスにさせてください。そうすれば今回のことはこれ以上大事にはしません。奉仕活動をしてもらうってことで、なかったことにしましょう。」
「リア…っ!」
でもさすがにそれは軽いと思ったのか、エバンさんが言った。私はそんなエバンさんを見てにっこり笑って、首をゆっくりと横に振った。
「いいの、エバンさん。」
「でも…っ。」
「大事にして騒ぎ立てても、また新たな火種を生むだけだわ。確かに怖い想いはしたし、子どもたちにもみんなにも迷惑をかけてしまったけど、結果私もみんなも無事だったじゃない。それにこの人たちだって、やりたくてやったわけじゃないと思うの。」
恨みは恨みを生んでしまう。
もし私がこの人たちを厳しく罰したとしても、またそれがどこかで恨みを買って、別の争いが起きてしまうかもしれない。今度は本当に、殺されるかもしれない。
それにあの時この人が複雑そうな顔をして私に危害を加えていたのは、きっとどこかに後ろめたい気持ちがあるからなんだと思う。
「誰にだって間違いはある。間違いを犯してしまった後、どう行動するかの方が大切だと思うの。」
って思っているのも本当だけど、これだけ譲歩したのにだって意味がある。
今回恩を売っておけば、どこかでそれが使えると、とてもひねくれたことも考えているからだ。
そこまで理解をしているのかは分からないけど、エバンさんは私の言葉を聞いて「わかった」と言ってくれた。
「あなたたちにとって悪い提案ではないと思いますが、いかがでしょう。」
マントさんに視線を移して、私は言った。
すると彼は私の目をやっと怖くない目で見て、「それは本当か」と言った。
「ええ。信じられないなら書面にサインをしましょう。こちらとしてもあなた方のボスと正式に約束をさせていただきたいので。」
マントさんはとても複雑な顔をしてうつむいた。もしかしてこの人、その判断が出来ないほど下っ端だったかなと考えていると、彼はうつむいたまま小さな声で「どうして」と言った。
「俺たちはお前に…。」
「そう、ですね。ひどいことをされたと思います。」
マントさんが何かを言う前に、かぶせるようにして言った。マントさんはその間も、うつむいたままだった。
「でも例えば私がここで怒って反撃をしたとして、その後何か幸せな結果が生まれることを想像できますか?」
反撃をすることなんて簡単だ。多分私が直接王様のところに行けば、この人たちのことをつぶすことなんて造作もない事だろう。
でもそんなことをして、私の気持ちはスッキリするんだろうか。誰かが私に「よくやったね」って、言ってくれるんだろうか。
何度考えたって、答えはすべて「NO」だ。
「恩が恩で返ってくるように、暴力は暴力で返ってきます。誰かがこらえなければ、その連鎖は続くだけなんです。私がもしその連鎖を断ち切れるのであれば、喜んで受け入れます。」
恩は恩で返ってくると、私は小さい頃からじぃじに教わってきた。
それにエバンさんのおじい様だって、"因果応報"という言葉を手紙を通して思い出させてくれた。だから私は決して、暴力を暴力で返すなんてことをしたくない。二人に堂々と報告できないようなことを、絶対にしたくない。
「それに今回のことは、私に全く非がないわけではないとも思ってます。」
もちろん、暴力に訴えることは絶対に間違っているけど、私が全く悪ないかって言ったらそう思っているわけではない。これからこの人たちの雇い主が誰なのかはじっくり調べなきゃいけないけど、問題の根本も私がこれまでしてきたことの何かにあるような気がしていた。
「だからここで終わりにしましょう。これ以上誰も傷つかない方法で、解決しましょう。」
ボスマントさんはうつむいた顔を上げて、私の目を見た。その目の奥にはもう、私をさらった時に感じたような怖さを一切感じなかった。
「ありが…、ありがとう…。」
そしてボスマントさんは小さい声でそう言って、大きく一つうなずいた。私は大きくガッツポーズをしたい気持ちを抑えながら、エバンさんを見た。
するとエバンさんは、困った顔で笑って私を見ていた。
その目が"君には誰もかなわない"って言っているように思えて、なんだかちょっとだけ恥ずかしくなった。
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