第20話 ヒーローの登場


うめき声が聞こえたからか、キス男は私を触る手を止めて立ち上がった。すると部屋のドアからキス男の部下らしき人が入ってきて、「急いでください!」と言った。


そして男は「くそ」と小さく言った後、こちらを振り返ることもなく部下みたいな人の後ろをついていった。何が起こったのか訳が分からなくて焦っていると、今度は別の男が入ってきて、私の腕に結ばれているロープのようなものを切ろうとしていた。



「リア…っ!!」



すると今度はドアの方から、私を呼ぶ声が聞こえた。呼ばれるがままドアの方向を見て見ると、そこに立っていたのは、



――――必死な顔をした、アルだった。



よく見て見ると、ドアの外にたくさんの男たちが倒れているのが見えた。


助けに、来てくれたんだ。

まだ助かったわけでもないのにアルの姿が見えただけで、気持ちがホッとしている自分がいた。



「おっまえ…っ。」



上半身をほぼ裸にされている私を見て、アルは男を思いっきりにらんだ。

すると男は手に持っていたナイフをまた私の首に突き付けて、ニヤリと笑った。



「よくここが分かったなぁ。褒めてやろう。」



私をくくっていたロープを切り終わった男は無理やり私を立ちあがらせて、気持ち悪い顔で笑った。アルは手に持っていた剣を構えながら、男をにらみつけた。



「でもまた同じ状況だな、どうするんだ?」



アルは男をにらみつけながら、じりじりと距離を詰めた。すると男は手のナイフの力を、さっきと同じように強めた。



「お前は結局、守れないんだ。」



アルは男の言葉を聞いて、「フッ」と笑った。

笑うところじゃないんだけどと大ピンチの私が心の中で言うと、アルはとても強い目をしてこちらを向いた。



「そうだな。俺はいつだって弱い。」



アルは強い目をしたまま笑って言った。



え、なになに。

もう守るの諦めちゃった感じ?

ここで愛想つかされた感じ?


せめて今回は守って、お願い…っ!



どうなってもいいなんて強気の啖呵を切っていたはずの私は、弱気になってそう思った。



でもアルはやっぱり強い目をしたまま、男に負けないくらいニヤリと笑った。



だったらな…!」



アルがそう言った次の瞬間、ドアの反対側の壁から大きな音がした。驚いて今度は視線をそちらに向けると、ロープを切ろうとしていた男はすでに意識を失って床に倒れていた。



「ジル…、にぃ…っ。」

「リア、本当にごめん。」



壁を破って登場したのは、ジルにぃだった。部屋の外からはまだ誰かが戦っている音が聞こえたけど、もう私の心は安心感で満たされていた。そして安心感からか大粒の涙を流し始めた私にアルが近づいてきて、自分の着ていた上着のようなものをまいてくれた。



「リア、ごめん。」

「アル…っ。」



そうしてアルは、両手で私の両肩を持った。

私はもう全身に力が入らなくて、ただアルに体を任せていた。アルはそんな私をまるで割れ物に触れるようにして、そっと抱きしめてくれた。




「お前ら!」

「はいっ!」



後ろの方で、ジルにぃが部下の人たちに何か指示を出している声が聞こえた。やっぱり戦っている音は聞こえたけど、もう視界にアルの姿しか入らなくなった私は、本当に夢でも見てるかのような気持ちでただ涙を流し続けた。




「おわ、った…?」




しばらくすると、外で戦っている声が聞こえなくなり始めた。

最後まで安心できなかったらしい私がポツリとそう言うと、アルは私を抱きしめたまま、「ああ」といつものぶっきらぼうな様子で言った。




「よかった…。」



ようやく緊張から解き放たれたと感じたからか、体ががくがくと震えはじめた。



「あ、あれ?おかしいな。」



しばらくの間ほぼ裸でしばらく床に横たわっていたせいで体が冷えてしまったのか、それとも恐怖のせいなのか、震えの原因はよく分からなかった。もう終わったから怖がる必要がないのに、震えは止まりそうになかった。



「リア。」



するとアルはすごく悲しい顔をして、今度は力強く私を抱きしめた。私はただ力なく、アルに抱きしめられていた。



「ごめん。」



アルは何度もそう言って、私が落ち着くまで抱きしめていてくれた。

でも私よりアルの方が震えている気がして、私は私を抱きしめているアルの腕をつかんだ。



「アル。」



名前を呼ぶと、アルは「ん?」と私を覗き込んだ。

アルは今まで見たことのないほど悲しそうな顔をしていて、そんな顔をさせてしまったこと、私の方が謝らなきゃと思った。




「立てないの。」



でも私が謝れば、きっとアルはもっと悲しくなる。早く帰りたいのに完全に腰が抜けて立てそうになかったから、アルを頼って言った。するとそれを聞いたアルは、私を軽々とお姫様抱っこしてくれた。



「ありがとう。」



包まれている安心感で、冷えた心がやっと温まる感覚がした。

そこら中が痛かったけど、そこで強烈な眠気に襲われた私は、アルの腕の中でそのまま眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る