第17話 光があれば闇もある
「実は…。」
「お前!」
何かを話し始めようとするAを止めるかのように、BがAを呼んだ。でもAは首を横に振って、「止めるな」と言った。
「お前だって、これでいいとは思ってないんだろう。」
さとすようにAが言うと、Bはうつむいて両手のこぶしを握った。Aは寝そべっている私を座らせて、小さく「ごめんなさい」と言った。
「こんな風にする…、つもりはなかったんです。」
Aはそう言って、着ていた上着を私にかぶせてくれた。
やっぱり極悪人じゃなかったと少し安心しながら、「聞いてもいいですか?」と言った。
「僕たちは元々、テムライムのドレス工場で働いていました。」
「テム、ライムの…?」
意外過ぎる言葉が出てきたことに驚いた。するとAは「はい」と、うつむきながら言った。
「一時は産業が盛り上がってとても忙しくしていたのですが…。最近リオレッドでも安くて品質のいいものが作られるようになり、テムライムの産業は低迷しています。」
そんなこと、全く知らなかった。
一度低迷した産業を関税とか新しいドレスの開発をすることで回復させた後は、"大丈夫だ"って決めつけてしまっていた。状況を確認することだって、してこなかった。
「その影響で工場が閉鎖され、僕たちは職を失いました。家族もみんな、路頭に迷うことになりました。」
「ごめんな…さいっ。」
私は別に経済を担当している大臣でもなんでもないから、知らなくても仕方がないと言われればそうなんだと思う。それに失業者が出ていることが私のせいじゃないってことだって分かってる。
でも今の危機を作るそもそものきっかけを作ったのは、ドレスの輸出入を始めた私だし、きっとこの人たちは抱えている怒りをどこにぶつけていいのか、分からなくなっているんだ。
「今まで何もできなくて、本当にごめんなさい。」
話を聞き終わる前に、私は頭を深く下げた。
ここまで何もできずにこの人たちを追い詰めてしまったこと、本当に申し訳ないって思った。すると私が頭を下げたことに、男たちが動揺しているのがわかった。
「今更謝ったところで気持ちが晴れないのも分かっています。でもお願いです。私に償いをさせてください。」
起こってしまったことはもう取り戻せない。でもこれ以上、無駄な罪を重ねさせるわけにはいかない。今私にできることは、これから何が出来るのかを考える事だけだ。
「お願いします。もうこれ以上、心を傷つけたくないの。」
どこか悲しそうな顔をしているこの人たちの気持ちは、きっと痛んでいるんだと思う。私をこんな風に監禁していることを、後ろめたく思っているんだと思う。
だからこれ以上、傷つかないでほしい。自分自身を傷つけないでほしい。
「頭を、あげてください。」
するとAが、小さい声で言った。言われた通り恐る恐る顔上げると、Aは申し訳なさそうな顔をして私の前に正座した。
「僕たちも、こんなこと何も解決にならないって、どこかで分かっていました。」
Aは悲しい顔で言った。BももうAの言葉を否定したりしなかった。
「でも悲しむ家族の顔を見たら…。居てもたってもいられなかったんです。」
気持ちはわかる。もし私も同じ状況になって子供たちが悲しんでいたら、同じことをしていたかもしれない。
「本当に、すみませんでした。やっぱりこんなのは間違っています。悪いのはあなたじゃない。そんなことは分かっていたはずでした。でもどこかにぶつけないと、気が済まなかったんです。」
Aはそう言って、私に頭を下げてくれた。私は慌てて「やめてください」と言って、頭を上げてもらった。
「あの…。一つ聞いてもいいですか?」
Aが穏やかな視線を向けてくれたのを察して、すかさず言った。するとAは正座の姿勢のまま、「はい」と言ってくれた。
「あなたたちは自分で、今回の計画を考えて実行したんでしょうか。」
どう考えても、この人たちがここまでのことを計画したとは思えなかった。それにこれくらいの説得に応じてくれるこの人たちと、私を襲ったあのマント男やキス男が同じなわけないと、私の女の勘が言っていた。
するとAは真剣な視線のまま、「いや…」と言った。
「路頭に迷っていたところ、声をかけられたんです。」
「声、を…?」
「はい」と言ってAはまた悲し気な顔をした。私も正座の姿勢のまま、次の言葉を待った。
「復讐をしないかと言われました。そして成功した時には円を渡すと…。最初は計画がこんなに大きな話だってことも知らず、何か少し嫌がられることをしてやろう程度の気持ちでした。」
「すみません」と改めて言って、Aは頭を下げた。やっぱりあのマント男とこの人たちは、全く本質が違うと納得した。
「声をかけてきた人たちのことは…?」
私の質問に、Aはゆっくりと首を振った。
「アイツらが誰なのかも、名前が何なのかもわかりません。」
AもBもただの見張り役だってことはわかった。
まずはあいつらが誰かを突き止めなくては。
私が心の中でそう思っていると、Aは「ただ…」と言って話を続けた。
「何か特別な訓練を、受けていると思います。騎士みたいな…、団結力のある集団です。」
アイツらはリオレッドの騎士団とも対等にやりあっていた。
だからきっとあいつらは一般人ではない組織の人間で、私もしくはディミトロフ家かサンチェス家に大きな恨みを持った集団だ。
光があれば闇がある。
これまで未来のためを思って動いてきたつもりだったけど、もしかすると誰かにとっては私は闇だったのかもしれない。
いい人ばかりに出会ってそんなこと考えもしてこなかったけど、何か物事を実行するときには、その闇まで考えないとなと思った。
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