第12話 訪れた最大のピンチ



「ルナっ、カイっ、ケン…っ!」



走って部屋に戻ると、やっぱり私の部屋の窓が割れていた。

窓が割れた音で起きたルナは、泣きわめきながらママに抱き着いていた。カイとケンはなにがあったんだという顔をして、目をこすりながら体を持ち上げた。



「な、なに…?!」



動揺したママは、ルナを抱きしめながらきょろきょろとあたりを見渡していた。私も内心めちゃくちゃに焦っていたけど、まずは子供たちの安全を確保しなくてはいけない。



「ママ、行こう。」

「どこに?」

「窓がなくて、鍵が閉められる部屋。」



私は目をこすっているカイとケンを無理やり起こして、窓がなくて鍵も閉められるパパの書斎にみんなで逃げることにした。とりあえず部屋を出る前に扉の外を確認すると、まだ玄関からドンドン音はしていたけど、侵入者はいないようだった。



「ママ、先に。」



まるでスパイ映画のワンシーンみたいだって思った。

こんなことが自分に起こるなんて、っていうか今何が起こっているのかも想像できない私には、とりあえず安全が確保できる場所を探す事しか出来なかった。



私の言う通り、ママはルナを抱えたままパパの書斎の方へと走った。

私もカイとケンの手をつないでそちらに向かおうとしたその時、もう一度、部屋の窓が割れる音がした。



「きゃあっ。」

「ままぁ!」

「やだぁ!」



その音でしっかりと目が覚めたらしい二人は、一斉に私に抱き着いた。二人の肩を抱えたままゆっくりと振り返ると、そこにはフード付きのマントみたいなものを着て顔を半分隠している見覚えのない男が一人立っていた。



「な、なに…?!」



私は自分の背後にカイとケンを隠しながら、出来るだけ強い声で言った。でも男は何も言葉を発しないまま、じわりじわりとこちらの方に近づいてきた。



「誰、ですか…?どうして…っ」



男の手には、木の棒みたいなものが握られていた。武器もないし抵抗するすべも学んでこなかった私は、少しでもエバンさんに護身術みたいなものを学んどけばよかったと、今更になって後悔し始めた。



「リア…!」



するとその時、後ろからママの声がした。

振り返ることも出来ない私は「ママは部屋に入って!」と、大声で言った。




「子どもを取られたくなければ、お前がこい。」



するとフードの男は、とても低い声で言った。カイもケンも大きな声で泣きながら、私の後ろで震えていた。



「どうして…っ、こんな…っ。」

「お前に言う必要はない。」



男は距離を詰めながら、相変わらず低い声で言った。フードの隙間から見える口元があやしくわらっているのが、月明りに照らされて見えた気がした。



「私が行ったら…。」



どうしてこんなことになっているのかわからない。

この人が誰なのかも、全く分からない。

それでも私は、この子たちを守らなければいけない。



「この子たちには、手を出さないって約束してくれる?」



ついて行って何をされるか分からないし、もしかしたら殺されるかもしれない。それにこんな約束したところで、この人たちが聞いてくれるかどうかも分からない。

それでも子供たちにこれ以上の恐怖を味合わせたくない一心で言うと、男は不敵な笑みを浮かべたまま「ああ」と答えた。



「カイ、ケン。お願い、聞いて。」



泣いている二人に、私は声をかけた。本当は顔を見て言いたいけど、その男から目を反らすわけにいかない私は、二人の背中に自分の手のひらを置いた。



「ルナを…、ルナとばぁばを、守ってくれる?」



ちいさいこの子たちに逃げろというと、余計に怖がらせてしまうかもしれない。

私がそう言っても二人は泣き止まなかったけど、言葉を止めるわけにもいかなかった。



「お願い。二人にしか出来ないことなの。」



私の言葉を聞いて、先にカイの方が泣き止んだのが分かった。

臆病な性格をしているはずなのに、カイは背中に置かれた私の手を取って、ぎゅっと握った。



「ま、守る。守るのが、パパの仕事。」

「そうね。」



もしかして私は、カイのことを勘違いしていたのかもしれない。この子は臆病なんかじゃない。きっと人の気持ちが、とてもよく分かる子なんだ。



「まま、ままは?ままはどうするの?」



するとケンも私の手を握って言った。私は男から目線を外さないまましゃがんで、二人を両手で抱きしめた。



「ママはちょっとお出かけしてくる。すぐに戻ってくるから大丈夫よ。」

「ウソだ!」

「ママも守る!」



二人は涙をぬぐって、私の前に出ようとした。私はそんな二人に「ありがとう」と言って、そっと二人の向きを変えた。



「ママは本当に大丈夫。だからお願い。ルナのところに行ってあげて?」



二人に何かあったらもう、私は生きていけない。

二人に危害を加えられるくらいなら、私が死んだ方がまだマシだ。



最後の別れになるかもしれないって思ったら、涙があふれてきた。

私の雰囲気を察してくれたのか、二人とも泣きながらゆっくりうなずいて、書斎の方へと歩き出した。



二人とも、ごめんね。

ママ、もしかしてもう会えないかもしれない。


エバンさん、ごめんね。

もう一回でいいから、あなたに、会いたかった。



死ぬと決まったわけじゃないのに、走馬灯みたいに楽しかった出来事が脳を駆け巡った。二人がもうすぐ書斎のドアにたどり着くのを見届けて男の方を向きなおすと、部屋の窓から入ってくる、



――――アルの姿が、目に入った。


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