第6話 すべてが始まった場所


「一つ、行きたいところがあるんだけど。」



それからしばらく街を回った後、次にどこに行こうか迷っていると、エバンさんが唐突に言った。行きたいところがあるなら早く言ってくれればよかったのにと思って見上げると、エバンさんは私を見て穏やかな顔で笑っていた。



「リアの…。生まれた家に行きたい。」



エバンさんに告白された日に、生まれた家は違うところにあるという話をしたのを思い出した。話した本人も忘れてしまっているような些細な話を覚えていてくれていることが、とても嬉しかった。



「うん、行きましょう!パパのところでウマスズメを借りられると思う。」

「ありがとう。」



すぐそこにあったパパの会社に行って、ウマを1頭借りた。私が手綱を持ってエバンさんを乗せて行ってあげようかと思ったんだけど、それはエバンさんに止められてしまった。結局私たちは初デートのあの日みたいに二人でウマに乗って、今はメイサの家になっているあの場所へと向かった。



「ほんとだ。テムライムの景色と似てるね。」



目的地まであと少しのところまで来た頃、エバンさんが辺りを見渡しながら言った。

住んでいた頃からもう20年以上経つけど、本当にここはのどかですごく落ち着く。

私の生まれたあの家も、その周りの家も。そしてお花畑も森も何もかも変わらず、ここだけゆっくりとした時間が流れているような感覚すら覚えた。



「あのあたりでね、ウマスズメを見つけたの。」



するとその時、ポチと出会ったあの場所が目に入った。

子どもの頃はすごく遠く見えたはずなのに、久しぶりに来て見るとなぜだかすごく近くにあるみたいに感じた。エバンさんは嬉しそうに私が指さす方を見つめた後、「行ってみよう」と言って茂みの方へとウマを走らせた。



「初めてウマスズメに乗って家に帰った時は、近所のおじさんに猟銃を向けられたの。あの時は殺されちゃうかと思った。」



思えばあの日から、私の"暴走"が始まった気がする。

あんな風にしていなければ辛い想いだって大変な想いだってしなかっただろうけど、でも今こうやってエバンさんと一緒にここに来ている未来だってなかった。



「全部ここから、始まった気がする。」

「そっか。」



ここからつながった未来が、たくさんの道を作った。そして今の私の道も、きっとここから始まっている。



「会ってほしい子が、いるの。」



そして私の"暴走"の始まりに付き合ってくれたのは、1頭のウマだった。

あの子に出会っていなければ、暴走を始めることすら出来なかった。私は不思議そうな顔をするエバンさんを連れて、メイサが管理してくれているウマ小屋へと向かった。



「ポチ。」

「くぅん。」



名前を呼ぶと、目をつぶっていたポチがゆっくり目を開けた。

今年で推定26歳になったポチは、すっかりおじいさんになってしまった。だから最近は寝ていることも多くなったとメイサが言っていた。



「ただいま。」

「くぅん。」



元々青々としていたポチの体毛は、ところどころ白髪が目立つようになっていた。それでも私が来たってことを認識してくれたのか、声に反応して顔を上げてくれた。



「紹介するね。こちらエバンさん。」

「初めまして。」



ポチはしばらくエバンさんのにおいをかいで、その後撫でてくれって言わんばかりに頭を差し出した。昔からこの子はこうやってすぐ人になついてくれた。出会ってすぐ打ち解けている二人を見ていたら、私たちが初めて出会った日のことを思い出した。



「前世の記憶を持ったままこの世界に産まれて、すごく孤独だったの。」



ポチを可愛がってくれているエバンさんに、私は唐突に語りかけた。

するとエバンさんは私の言葉を遮ることなく、「それで?」と続きを促してくれた。



「本当に思っていることが言えなくて、愛されてても寂しいと感じる時があったんだ。」



毎日ママやメイサがそばにいてくれた。

好きなものを食べさせてくれて、好きなことをさせてくれた。

それでも孤独だった。どれが本当の自分か分からなくなって、自分は一体どうしたいんだって途方に暮れた夜もあった。



「唯一本音を言える友達がポチだったんだ。」



そんな時ポチだけには、本音を言う事が出来た。"鹿間菜月"のまま、接することが出来た。



「ポチとの出会いは…。本当に私を変えてくれたの。そして私だけじゃなくて、生活だって、変えてくれたの。」

「すごく賢い子なんだね。」



エバンさんはそう言って、愛おしそうにポチの頭を撫でた。私も同じようにポチの頭をゆっくりと撫でで、「長生きしてね」と伝えた。



「さぁ、今度はリアがどこで泥だんごを作ってたのか教えてもらおうか。」

「え?!やっぱりパパ、そんな話してたの?!」

「うん。毎日ドレスが泥だらけになってアシュリーさんやメイサさんが手を焼いてたって。」



そんな余計な話してたなんて…。帰ったらパパを怒らなくちゃ。

そう思ってエバンさんを見て見ると、彼はとても楽しそうに笑いながらポチを撫でていた。彼がこんな顔をしてくれるのなら、小さい頃の恥ずかしい話なんていくらでも話そうって気持ちになった。



今泥だんごを作ってみたら、キレイに作れるんだろうか。

もし時間があったら子どもたちを連れてここに来て、私がどれだけキレイに作れるのか自慢しようって、大人げない事を考えた。


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