第4話 離れてみてわかること



リオレッドに着いて数日が経った。

パパやママは私たち家族を色々なところに連れて行ってくれて、子どもたちもとても楽しそうだった。



「ばぁばっ。」

「あら~っ、ルナ。今日はばぁばのとこ来てくれるの?」

「じぃじのところにもおいで。」



そしてあんなに心を閉ざしていたルナは、この数日でパパにもママにもすっかり慣れてくれた。むしろ私やエバンさんのところより、思いっきり甘やかしてくれるパパやママのところに行きたがって、なんだか見ていて悔しい気持ちにすらなる。



「今日は二人でデートでもして来たら?」



するとルナとじゃれていたママが、唐突に言った。

三人とも置いていくなんて大変すぎると思って拒否しようとすると、私が言葉を発する前にメイサが「いいですね」と言った。



「三人ともずいぶん私たちに慣れてくれていますし、リオレッドを二人でゆっくり歩くなんて今までなかったんじゃないですか?」



メイサの言う通り、リオレッドでのエバンさんとの思い出は、王城でのダンスと船の上でのプロポーズくらいしかない。それくらいでよく結婚を決めたなと冷静になって自分に驚いていると、パパが「リア」と私を呼んだ。



「たまにはゆっくりしておいで。孫たちと遊びたいんだ。」

「じぃじ~!僕、また船に乗りたい!」

「僕も僕も!」

「ルナもぉ~。」



子どもたちはすっかり船が気に入ったみたいで、目を光らせてパパにお願いをした。船の上が好きなんてみんな私の子だなと、しみじみ思った。



「それじゃあ…。お願いしようかな。」

「うん、行っといで。」



さっきまで断ろうとしていたはずなのに、デートに行くことを決めた途端なんだかすごく嬉しくなってきた。私は頭の中でエバンさんをどこに連れて行こうかと想像しながら、うきうき気分で外に行く準備を整えた。



「それじゃあみんな。じぃじとばぁばのいう事ちゃんと聞いてね?」

「はぁい!」

「わかったっ!」



本当に分かったか分かってないのかわからないけど、カイとケンが元気に返事をした。ルナもそれにつられるみたいにして、右手を元気に上げて「はぁい」と言ってくれた。その姿がすごくかわいくて、やっぱり行くのをやめようかと思った。



「じゃあ、行ってきます。」

「いってらっしゃ~い!」



行く前はごねられるかと思ったのに、3人とも元気に手を振って私たちを送り出してくれた。私たちは家を出るや否や腕を組んで、街の方へと歩き出した。



「さあ、今日はどこに連れてってくれるのかな。」



エバンさんはとても楽しそうに聞いた。私も負けないくらい楽しい顔をして、「秘密」と言ってはぐらかした。



「あらっ、リアちゃん!久しぶりね!」

「ごきげんよう、テネスさん。お元気でしたか?」

「元気元気っ!リアちゃんも元気そうでよかったわ。」



歩いていると、家から数軒隣に住んでいるテネスさんに遭遇した。テネスさんは私たち家族がここに越してきてから、ずっと私の成長を一緒に見守ってくれた人の一人だ。



「旦那さん、初めまして。リオレッドへようこそ。」

「初めまして。エバン・ディミトロフと申します。」

「イケメンね~。リアちゃんやるわね。」

「あれ?リアちゃんじゃない!」

「あ、エリーさん。お久しぶりです。」



テネスさんと立ち話をしていると、今度は近所に住んでいるエリーさんに見つかった。そして次々とまだ会えていなかった人たちが集まってきて、私は一気に久しぶりの再会を楽しんだ。



「それじゃあ、デート楽しんできてね。」

「はい、行ってきます。」



子どもたちを預けて今日はデートに行くというお話をしたら、みんな嬉しそうな顔をして私たちを送り出してくれた。気持ちがさらに暖かくなったのを感じた私は見送ってくれる皆さんに大きく手を振って、エバンさんとまた歩きはじめた。



「リアちゃん…。」

「ん?」


リアちゃんと呼ばれるのが、とても久しぶりな感じがした。その呼び方にはすごく親しみがこもっている感じがして、心がポッと温かくなった。



「リアちゃんって、久しぶりに呼んでもらったなって。テムライムで私は"リア様"だから。」


テムライムでは"貴族の嫁"の私は、誰に会っても"リア様"と呼ばれる。リアちゃんと呼んでくれる人は、小さい頃から知っているこの辺りの人たちだけかもしれない。


「嫌?」


するとエバンさんが、少し困った顔で聞いた。私は「ううん」と言ってそれを否定した。



「嫌ではないんだけどね。なんていうか…。」

「分かる。」



私がはっきりしたことを言う前に、エバンさんが言った。驚いて見上げてみると、エバンさんはやっぱり困った顔のまま笑っていた。



「僕も"エバン様"って呼ばれるのはあまり好きじゃないんだ。”様”を付けられるほどの人間じゃないって、言われるたび思うから。」



同じことを考えていたことが嬉しくなって笑ってしまった。するとエバンさんは不服そうな顔をして、「笑わないでよ」と怒った。



「"リアちゃん"と呼んでくれる人がいるここが、リアの育った街なんだね。」



でも次の瞬間には笑顔になってそう言った。

そうだけど?と思って彼を見上げると、エバンさんはすごく穏やかな顔をしながら辺りを見渡した後、私の目をしっかりと見つめた。



「君はたくさんの人に愛されて育ったんだね。」



思い返せばいつだって、近所の人たちは私のことを見守っていてくれた気がする。パパがなかなか帰ってこなくて玄関の前で帰りを待っていた日も、うきうき気分で王城から帰ってきた日も。


いつだって私の姿を見つければ、みんな暖かく声をかけてくれていた。大人になった今でも"リアちゃん"と親しみを持って呼んでくれるのは、私のことを本当の子のように見守ってくれていたからな気がする。



「そう、だったんだね。」



言われるまで気が付かなかったけど、私はきっとパパやママ、メイサだけじゃなくて、街の人たちに育てられてきたんだと思う。ずっとあそこに住んでいては気が付かなかったことにようやく気が付いたら、もっともっとリオレッドのことが好きになっていく気がした。

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