番外編 テムライム王妃の王様観察日記
「あなた…?」
「あ、ああ。ごめん。何だった?」
彼は元々、すごく気弱な性格をしている。
王には見えないようなとても屈強な見た目をしているから勘違いされることも多いけど、本当は誰よりも優しくて、そして臆病なのだ。
前王様が亡くなって自分が王になるという時も、しばらくこんな様子でいた。彼が心から尊敬するお義父様やリオレッドのカイゼル王様がいかに素晴らしいか、私だってよく知っている。でも比べる必要なんてないのに、彼はいつも二人と自分を比べて、まだ自分には何か足りていないと思っているように見えた。
「誰かの未来に、なりたいです。」
そんな彼が少し変わったのは、テムライムに来たリアのその言葉を聞いた時からだったと思う。
晩さん会の途中で挨拶に来てくれたリアに、彼は「君は将来、何になりたい?」なんて少し拍子抜けした質問をした。でもリアが何を見据えているのか気になった私もワクワクしながら聞いていると、リアは本当に堂々と、そして穏やかな顔で確かに言った。
「誰かの、未来…。」
小声で言った彼の目が見たこともないくらいまっすぐだったこと、今でも忘れられない。今までどこか自信なさげに動いていた彼はその後から、背筋を伸ばして仕事に取り組んでいたと思う。
☆
「えっと、明日の会食ですが…。」
「…。」
しばらくはそのまま、堂々と仕事をしていたと思う。
でも最近、またあの時のしょんぼりした目をしている気がする。今だって現に私の話なんて一切聞いてくれなくて、さっきから食事も全然進んでいない。
最近起こったトラブルは終息に向かうはずという報告はこっそり耳にした。それなのにこんなしょんぼりしているのは多分、"また自分は何もできなかった"とか思っているせいな気がする。
「あなた?」
何があったの?と聞いて答えてくれるのなら、真っ先にそうしたい。
でもいつだって「お前は心配しなくていい」としか答えてくれないから、もう何があったかってストレートに聞くことはやめている。
「あなた!」
「あ、ああ。ごめん。」
反応がないから強く呼ぶと、彼はびっくりして私をみた。私はまだびっくりしている彼の目を出来るだけ穏やかな目で見て、「明日、おやすみいただいたら?」と提案をした。
最初は乗り気じゃなさそうだったけど、私は無理やり彼にお休みを取らせて草原へと向かわせた。臆病なくせに誰にも弱音を吐かない彼にとって、
警護は最小限にするようにと私からも指示を出して、少しでもその悩みが軽くなるよう、王城を出て走っていく彼の背中に向かって願った。
☆
「ジーナ、帰ったよ。」
その一言で、彼のストレスがすっかりなくなっているのが分かった。いつも少しスッキリした声で帰ってくることはあるけど、予想以上にすがすがしい声で帰ってきたことに少し驚きながら、「おかえりなさい」と言った。
「びっくりしたよ。あそこにエバンとリアがいたんだ。」
「あら、そうなの。」
彼は珍しく、少し興奮した様子で言った。
あそこはたまにディミトロフ家が訓練に使っていると聞いたことがあるから、遊びにいっていてもおかしくないなと思った。
「リアが最近…。」
すると彼は聞いてもいないのに、嬉しそうな顔で私に言った。
変わり方に驚きながら「ええ」と何とか相槌を打つと、彼は嬉しそうな顔で「ドレスを作っているらしくて」と言った。
「ディミトロフ家の給仕ドレスを新しくしたいんだそうだ。」
詳しく話を聞いてみると、リアがテムライムのドレスがもっと売れるように、なにやら対策をしてくれているらしい。いつだってあの子は、すごく新しくて斬新なことを考えてくれる。
私は彼がどうしてこんなに晴れやかなのかって疑問を忘れて、思わず感心しながらその話を聞いてしまった。
「そのお披露目会を開いてほしいと、お願いされたよ。」
嬉しそうな顔の原因はそれかと、一言で納得した。
この人はとても優しくて臆病で、そしてすごく単純な人だ。自分が何もできないと落ち込んでいるところに、リアにお願いをされて頼られたことが嬉しかったんだなと思った。
「そう。楽しみね。」
「ああ。早速明日から準備をするよ。」
嘘みたいに元気になった彼は、その宣言通り次の日から色々と指示を出して準備を進めていた。私はそんな背中を見て、嬉しいような悔しいような気持ちになっていた。
☆
「こっそり見に行かないか。」
そしてその当日。彼はいたずらをする前の子どものような顔で言った。少し興味があった私は「はい」と返事をして、こっそり王城から広場が見える位置まで向かった。
「たくさん、集まってますね。」
「ああ、本当だな。」
まるで祭りの日のように、広場にはたくさんの女性が集まっていた。みんなキラキラした目でドレスを見つめていて、活気が目に見えるんじゃないかって程溢れていた。
「国が苦境に立たされた時、自分は何も出来ていないと思ったんだ。」
しばらく黙ってみていると、彼が唐突に言った。
驚いて見つめてみると、彼の目はすごく遠くの方を見つめていた。
「くよくよ考えたって何も始まらないのに、自分の無力さに、打ちひしがれてしまう瞬間がたまにある。」
こんな風に弱音を吐いてくれるのは初めてだ。だから彼の言葉をさえぎりたくなくて、黙って耳をかたむけることにした。
「でもあの子は言ったんだ。"今の私にできることはないか考えた"と。」
この人が落ち込んでいると分かっても、今まで何も話してくれなくてただもどかしい日々を過ごすだけだった。私が数十年感じているハードルを飛び越えるリアが、嫉妬とか悔しさを飛び越えてうらやましくなった。
「それを聞いて思ったんだ。出来ないことを数えるより、何かしてあげられることを探そうって。」
彼のその言葉を聞いて、私は初めてリアに出会った時のことを思い出した。あの時も彼はリアの言葉に励まされて、そして動かされてきた。
「懐かしい、ですね。」
あの時のことがすごく懐かしく、でも同時に昨日のことのようにも思えた。
彼は"王"である限り、私にだって弱音は吐かないのかもしれない。でも不思議な魅力のあるリアの前だけでは、"王"という看板を下ろして本音で話が出来る。
――――ありがとう。
少し悔しいけど、きっとその役割はあの子にしか果たせない。
彼が落ち込んだ時"私に出来る事"は、きっとリアに会わせてあげる事なんだろうなと思った。
「あの子をリオレッドから奪ったこと、カイゼル様は怒っていらっしゃらないだろうか。」
その時ちょうどステージに出てきたリアを見て、彼は困った顔で笑いながら言った。私も少し心配になってステージに目を移すと、そこにはエバンと腕を組んで、キラキラと笑っているリアが立っていた。
「きっと喜んでらっしゃいますよ。」
屈託のない輝くような笑顔が、本当にまぶしかった。
まるでリアの純粋な心を表しているような笑顔だと思った。
「だってあの子、あんなに幸せそうに笑ってる。」
そしてリアをまぶしいほどの笑顔にさせているのは、間違いなくエバンだ。大切にしていたリアがあんなに幸せそうに笑っている事、カイゼル様が怒っているはずがない。
輝く笑顔を見つめながら言うと、彼も私と同じことを思ったらしく、「そうだな」と納得した様子で言った。
これからもどうか彼の力になってあげてねと無責任なことを考えながら、こちらに気が付いて手を振っているリアに、一つ大きくうなずいてみせた。
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