第67話 毎日自分のドレスを選べるということ
「皆様改めて、本日はお集まりいただきありがとうございました。」
私たちはしばらくそのまま歓声を浴びたまま、手を振り続けていた。
でもまったくやむ気配がないのを察して、キャロルさんがそう言って絞めの言葉を始めてくれた。私もエバンさんもその言葉を合図に手を振るのをやめて、達成感に満ちているキャロルさんの背中をジッと見つめた。
「本日このような場を設けられたのは…。ひとえにご協力いただいたディミトロフ家の皆様のおかげです。本当にありがとうございました。」
キャロルさんはそう言って、こちらを振り返って礼をした。私たちにお礼なんて全くいらないと、私は両手を振ってそれを伝えた。
「とても満足のいくものがたくさん出来ました。これからも皆さんに愛してもらえるドレスを作れるよう、精いっぱい頑張っていきたいと改めて思いました。」
キャロルさんが自信満々に言ってくれるから、心からやってよかったと思えた。
国のためになるほど大きなことが出来るかは分からないけど、お世話になっているキャロルさんが幸せな気持ちになれたなら、もう充分な気がした。
「アリア様。一言、いただけませんか?」
するとキャロルさんは突然そう言って、持っていたマイクのようなものを手渡した。マイクと言っても昔カラオケで使っていたようなあんなハイテクなものではなくて、大きな箱みたいなものから線がつながっている、かなりアナログなものだ。
これもルミエラスから輸入してきたものなんだけど、まさか自分が使うことになるなんて、初めてみた時は想像もしてなかった。
っていうか。
一言…?一言って…?
え?せめて先に言っといてくれない?
いや、いわれたら絶対断ったけどさ。
こっちにも心の準備ってのがあるし
話す事もないしさぁああ!!!
無理すぎるって!
とはいいながら、手渡されて断れるほどの勇気もどうやら持ち合わせていないみたいだった。私はエバンさんの腕からゆっくり自分の手を抜いて、一歩前に出てマイクを受け取った。
マイクを手に、前を見てみた。
当たり前だけどそこにいる大勢の人が私に注目していて、遠くの方にはラルフさんとレイラさんがカイとケンを抱いてこちらに手を振っているのが見えた。
そのうちにカイとケンが私に気が付いて、「まま~!」と言った。二人にとってかっこいいママでいたいと思ったらようやく決意が固まって、私は大きく息を吸って言葉を吐き出した。
「私たちはもっと…、自由であるべきです。」
私たちという言葉に、"女性は"という意味を込めた。
まだまだ男尊女卑の根強いこの世界では、はっきり言葉にしてしまうとディミトロフ家に角がたちそうだ。だからあえて、そんな表現にすることにした。
「自由であることは豊かな発想力を生み出します。豊かな発想力はいつか、誰かを幸せにするかもしれません。」
私は差別や身分の差の大きいこの不自由の多い世界でも、周りの助けがあって自由な人生を歩めている。自由に考えて自分のしたいことをして、それを全部実現させてもらってきた。
「ドレスだって、自由であることの一つの表現です。」
でもきっと私みたいな人はまれで、不自由を強いられている人はまだまだたくさんいる。自分がその日着るものだって、選べない人がたくさんいる。
「朝起きてドレスを着る。もしそれがときめくようなものだったら、きっとその一日は素敵です。幸せです。」
朝起きて、好きな人が隣で寝ている。自分の好きな服を着て、今日はどんな日だろうと想像する。そんな当たり前の毎日がいつか全員のものになればいいと、本気でそう思う。
「いつしか誰しもがそんな毎日を送れるようになることを、私は祈っています。」
キラキラ輝くドレスを着て可愛い髪型にしてもらうだけで、どこからか勇気が湧いてきた気がする。自分が出来る事なんて本当に限られているけど、誰かの気持ちもそんな風に幸せに出来るように、私もこれからも頑張ろう。
話しているうちにそんな気持ちになって、いつしか緊張も忘れて堂々と話をしていた。すると話を静かに聞いてくれていたみんなは徐々に拍手をしてくれて、その拍手は伝染したみたいに広場全体に広がっていった。
ふと高台の方を見上げてみると、王様も拍手をしてくれていた。
これからも一緒にいい国を作りましょうねと、一国民の私がすごく大それたことを考えてしまった。
☆
あのお披露目会からしばらくして…。
私の目論見通り、ディミトロフ家モデルのドレスは飛ぶように売れた。
そしてディミトロフ家だけじゃなくて、たくさんの大臣の家から給仕さんのドレスを作り直してほしいという依頼も来たらしく、キャロルさんはめちゃくちゃに忙しい日々を過ごしていると聞いた。
そして関税のおかげもあって、どんどんテムライムのドレス産業の景気は戻って行った。それを確認した王はリオレッドに関税の撤廃を通知して、2国の関係は無事、正常に戻って行った…
――――と、誰しもが思っていた。
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