第62話 まずは自分から始めなければ
「お茶でも、いかがですか?」
王様を地べたに座らせるのもどうかと思ったけど、ちゃんとシートは敷いてあるし、今日は幸いにもマリエッタさんが作ってくれたお茶セットを持っている。立ち話をしている方がよくないと思って提案すると、王様は無邪気の笑顔のまま「いただこうかな」と言ってくれた。
「こっち~!」
「こっち~!」
カイとケンが両手を引いて、王様をシートの方に誘導してくれた。私も急いでそちらの方に向かって、お茶セットを使って紅茶を淹れた。
「お口に合うか分かりませんが…。」
リオレッドにいた頃メイサから淹れ方を叩き込まれてはいるけど、普段は給仕さんたちがお茶を淹れてくれるから長らく淹れていない。久しぶりだからうまく淹れられなかったらどうしようと心配したけど、王様に手渡したカップからは、しっかりと紅茶のいい香りがしていた。
「ありがとう。」
少しその香りを味わった後、王様はゆっくりカップに口を付けた。
失礼だとはわかっていながらもジッと見つめていると、一口飲み終えた王が「これは…」と小さく言った。
「やっぱりお口に会いませんでしたか?」
それ以上言葉が発せられずにいたから、不安になって慌てて聞いた。すると王は私をみてニコッと笑って、「いや」と言った。
「すごくおいしい。初めて飲む味で驚いたんだ。」
王様はそう言って、お茶をもう一口すすった。私はその様子にホッと胸をなでおろして、思わず止めていた息を「ふぅ」と吐き出した。
「リオレッドの、ものなんです。」
私の言葉を聞いて、王は「なるほど」と言って笑った。故郷のものが美味しいと言ってもらえたことが嬉しくて、私も思わず笑顔になった。
「カイメルアというお花の紅茶です。飲むだけでホッとする効果があると言われているんです。」
それはよく、メイサが私に淹れてくれたお茶だ。私が焦っている時、メイサはいつもこれを淹れてホッとさせてくれた。そう言えばエバンさんと初めて会った次の朝もこの紅茶を飲んだなって、不意に思い出した。
「確かに。なんだかすごく、落ち着いてきた気がする。」
王様は本当にすっきりした顔で言った。
その顔を見た時、「よかったな」って感情と、「輸入した方がいいな」という考えが同時に浮かんできた私はかなり重症だと思う。
「聞かせてくれるかい?お願いを。」
しばらくお茶を飲んでホッとした後、王様は改めて私に聞いた。私は笑顔で「はい」と言って、少し姿勢を正した。
「最近、ディミトロフ家の給仕係のドレスを一新しようとしているんです。」
「ああ。」
何の話だという顔を一瞬したけど、王様は中身のないような返事をしてくれた。内心悪いなと思いながらも、私は話を止めなかった。
「そのデザインが出来上がったら色や素材を若干変えて、"ディミトロフ家デザイン"のドレスを国内で売り出したいと考えています。」
「それは…。」
私が何をしようとしているか理解した様子で、王様は言った。だから私も王様の言葉に、「はい」とうなずいてみせた。
「今の私にできることはないかと考えました。テムライムのドレス自体の売り上げをあげられるなら、問題解決に少しは貢献できるのではないかと思ったんです。」
王様はそれを聞いて、穏やかな顔で「ありがとう」とお礼を言ってくれた。私は笑顔でうなずいたあと、「王様」と改めて言った。
「単刀直入に申し上げます。それをお披露目する場を、設ける許可をいただけませんか?」
すでに前置きしてしまった後だから全然単刀直入にはなっていないんだろうけど、言おうと思っていたお願いを素直に口に出した。すると王様は「お披露目?」と言って、首を傾げた。
「はい。どれだけいいものを作っても、それを国民に広く知ってもらうには時間がかかります。お披露目会を開いていただければ、一気にその存在を知っていただけます。そうすれば問題解決は、よりスムーズに進むかと。」
雑誌とか広告とか、そういうものがないこの世界で口コミを広げるためには、直接見てもらうという方法しかない。出来上がったらとりあえずみんなを買い物に行かせて街の人たちに知らせようと考えていたけど、"ファッションショー"みたいなものをすれば、一番手っ取り早いんじゃないかと考えた。
「もちろんだ。明日にでも開こう。」
王はとてもうれしそうな顔で言ってくれた。
今までどこか遠慮してしまっていた自分が完全にいなくなった感じがして、私も自然と笑顔になってしまった。
「明日はちょっと…まだ完成できません。」
「はははっ。君は正直な子だな。」
王は見たこともないくらい、豪快に笑った。
その笑顔からはもう、迷いとか不安なんて全く見えなかった。
誰かに心を開いてほしいなら、誰かに信頼してほしいなら、まずは自分からしなければいけないなとその笑顔を見て思った。
これからはじぃじの時みたいに、王様を頼ってお願いをしよう。でもあまり調子に乗りすぎないようにしないとねと、自分自身に言い聞かせておいた。
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