第61話 お願いを、聞いてください!


「敵襲よりよっぽど怖いな。」



聞こえない距離ってのをいいことに、私は丁寧にあいさつの姿勢を取りながら本音を言った。こんな何もない草原に、この国の一番偉い人がいる。しかもいつもたくさんついているはずの警護の人だって、今日は2人しかいない。



「ままぁ?」

「カイ、ケン。王様じぃじよ。」



急に挨拶の姿勢を取った私を不思議そうに見上げている二人に言った。するとカイとケンは目を輝かせて、走ってエバンさんと王様のいる方へ向かっていった。



しばらくその姿勢を続けた後、私もみんなのいる方へ向かった。その頃にはエバンさんはとっくに敬礼の姿勢をやめて、王様もウマを降りていた。そして二人はなにやら楽しそうにお話をしているみたいだった。



「王様、ごきげんよう。」



近くにきてもう一度丁寧にあいさつをした。すると王は「楽にしてくれ」と言って、寄ってきたカイとケンを一緒に抱き上げた。



「また大きくなったなぁ!」



王様にはたまに二人の顔を見せに行っている。いつも優しくて全力で遊んでくれる王様のことが二人とも大好きで、王様も本当の孫みたいに可愛がってくれる。まさにじぃじと私の関係みたいにじゃれ合っている様子を見る度とても嬉しくて、そして少しだけ寂しい気持ちにもなる。



「どうして、こんなところに…。」



エバンさんはもう聞いたんだろうけど、聞かないのもおかしいと思って一番の疑問をぶつけた。すると王様は「うん」と返事をして、子どもたちを下へとおろした。



「たまに来るんだよ。思考が止まってしまった時とか少し疲れた時、ここで無心でウマスズメに乗っていると気持ちが晴れるんだ。」



確かに何もないここは、無心で走りたい人にはピッタリだ。そういう理由だから今日は警護の人も少ないのねと、心の中で納得した。



「ごめんね。リラックスしてるところに突然。」

「い、いえ。そんな…っ。こちらこそお邪魔してしまって…。」



王様が本当に申し訳なさそうにいうもんだから、逆に恐縮してしまった。すると私の言葉を聞いた王様はにっこり笑って「邪魔なんかじゃない」と言った。



「子どもたちの笑顔をみたら、それだけで気持ちが晴れたよ。ありがとう。」



王様は本当に晴れた笑顔で言った。でも気持ちを晴れさせたいってことは、つまり何かあったという事も意味している。先日関税の件が受け入れられたばかりなのにまた何かあったのかと、少し心配になった。



「あの…、聞いてもよろしいでしょうか。」

「もちろんだ。」

「何か、あったのですか?」



私なんかが聞いていい事じゃないかもしれない。

でもいつの間にか心配症で、そしておせっかいになっている私は、王様の言葉に甘えてそう聞いた。


すると王様は少し困った顔でうつむいた後、「いや」と言った。



「何かあったわけじゃない。その逆だ。」

「え?」

「君も報告は受けていると思うが…。ロッタがリオレッドでうまく交渉してきてくれたおかげで、きっとこれから問題は解決に向かってくれると思う。」



ならいいじゃないかと、いいそうになった。でもよくなさそうな顔をしている王様は、困った顔のまま「ふぅ」と息を吐き出した。



「情けなく、なってな。」



そして絞り出すようにしてそう言った。みんなの意見を柔軟に取り入れて、いつも平等に国民のことだって考えて、立派に王様をしているじゃないかと、私からしたらそう思う。



「問題が起きる度、私は助けられている。今回だってロッタや君の意見が素晴らしくて…。私は何もできなかった。」



自信がなさそうな様子で、王様は言った。

こんな風に素直に気持ちを話してくれると思ってなかった私は少し驚きながらも、言葉を聞き洩らさないように慎重に耳を傾けた。



「たくましさを感じる度、心強さと共に情けなさも感じるんだ。父やカイゼル様のような王様には、まだほど遠いと。」



前王様やじぃじが素晴らしかった分、プレッシャーを感じるのは当然のことだと思う。実際にはもうすでに素晴らしい王様なんだろうけど、私がそう言ったからといって、そのプレッシャーを晴らすことは出来ないんだと思った。



「王様。」



王様が話し終えた雰囲気を感じ取って、私は力強く言った。するとその言葉があまりに力強かったせいか、彼は驚いた顔で私の方を見た。



「それでは私から一つ、お願いをしてもいいでしょうか。」



聞いたところで、言ったところで、私はきっとそのプレッシャーから解放してあげられない。ただ一つ、私に出来ることは彼を"頼る"という事だった。



「私のようなもののお願いを、聞いていただけますか?聞いていただけるだけでも、私にとってはすごく、心強いです。」



リオレッドでは遠慮なんてすることなく、いつもじぃじに頼みごとをしていた。それは小さい頃から積み上げてきた"信頼関係"があったからなんだけど、テムライムの人間として生きている今、自分の王様を信じてあげられなくてどうするんだと、自分自身に言い聞かせた。



「もちろんだ。話してくれ。」



すると王様はすごく嬉しそうに笑って言った。

無邪気に笑っている顔が少年のように見えて、なんだか少しほっこりした気持ちになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る