第55話 農業もやってみます!
「まぁま、ばいばいっ。」
「すぐ帰るからね~!」
本当は子どもたちも連れて行こうかと思ったけど、あまり邪魔も出来ないから預かってもらうことにした。最近はキャロルさんのお店に一緒に行ったり街にも一緒に行ったりと、二人の行動範囲も随分広くなった。もう少し大きくなったら一緒に農業を体験させてもらうのもいいなと考えながら、たのしそうに手を振っている二人が見えなくなるまで、私も手を振り続けた。
「リア様、本当に今日は…。」
「絶対帰る、すぐ帰る!約束する!」
馬車の中でもティーナは心配そうな顔で何度も言った。
私だって農業が楽な仕事ではないことくらいわかっている。でもそれを承知の上で"やってみたい"と言ったんだから、少しでも力になれるよう頑張らなくては。
「邪魔にならないようにするから。」
とはいえ初心者の私があまり長居しては、手伝うどころか邪魔になってしまう。今日はティーナの言いつけをしっかりと守ろうと心に決めて、見えてきて畑に心をはせた。
☆
「今日はよろしくお願いします!」
「リア様、よく来てくれたね。」
心配そうなティーナとは反対に、リンダさんはとても快く私を受け入れてくれているみたいだった。そしてすぐに私を家の中に案内したと思ったら、どこかから農業のための服みたいなものを持ってきてくれた。
「ありがとうございます!」
「着替えたら来てちょうだいな。先に始めてるから!」
「はぁい。」
農業の服と言っても、この世界ではまだ女性はスカートで作業をするのが普通みたいだ。手渡されたドレスを広げてみたけど、汚れが見えないようにシックなカラーをしていて、スカートの裾がドレスみたいに広がっていない以外は、いつも着ている服とそう変わりない気がする。
「こんなで作業するのは…。」
すごく大変だと思う。
農業って力仕事も多いだろうに、スカートで作業をするなんて絶対に向いていない。
「う~ん…。」
でもこの世界ではそもそも、女性がズボンを履くって習慣がないんだと思う。その"常識"を変えるとなると、それはそれでとても大変な気もする。
「はぁ。早く着替えよ。」
着替えているだけなのに、早くも「どうにかならないかな」と考えを巡らせていることに気が付いて、自分で自分に呆れた。こんな状態では日が暮れてしまってしまうと自分に言い聞かせて、そこからは素早く着替えて畑の方へと向かった。
「よくお似合いだよ。」
「本当ですね。何を着られても美しいです。」
畑に来た私を見て、ティーナとリンダさんが言ってくれた。
そんな風に素直に褒めてもらったことが嬉しくなって、「ありがとうございます」と照れながら答えた。
「それじゃあリア様には、大好きな
「やった~!お願いしますっ!」
リンダさんはそう言って、トマトが生えているあたりに連れて行ってくれた。
「うわぁ!いっぱい!」
産まれてから数えきれないくらい食べてきたはずなのに、畑になっているところを見るのは初めてだった。トマトは前世のトマトと違って、私の背丈くらいの立派な木みたいなものになっていた。そし一つの枝にたくさんついていて、まるでぶどうみたいだなって思った。
「
リンダさんは慣れた様子で枝からトマトを切り離した。
リンダさんの手には見慣れた姿のトマトが乗っていた。でも採りたてのものはより一層色がキレイで、すごくおいしそうに見えた。
「はい。」
きっと目を輝かせているだろう私に、リンダさんはニコニコ笑いながらはさみを手渡した。私はそれを受け取って、慎重に一つ切り離してみた。
「出来たっ!」
「うん、上手上手。」
切り口はどうみてもリンダさんより汚かったけど、なんとか一つ収穫できた。自分の手に乗っているトマトがいつもより輝いて見えたのは、自分で収穫したっていう"達成感"みたいなものを感じているからだろうか。
「食べてみる?」
トマトをじっくり見つめている私に、リンダさんは言った。
食いしん坊だってバレているのは恥ずかしかったけど、食べてみたい気持ちが膨らんでいた私は、その質問に素直に「はい」と答えた。
「はい。」
リンダさんは一旦私の手からトマトを受け取って、水で丁寧に洗ってくれた。するとトマトの赤だけじゃなくて水までキラキラと太陽に反射して、見た目だけで新鮮なことが伝わってきた。
「いただきますっ。」
「はい、どうぞ。」
そして私はためらいなく、トマトにかぶりついた。
「お、おいしすぎる…っ。」
口に入れた瞬間、トマト本来の甘さと酸味が口いっぱいに広がった。何も味付けしていないのにまるで砂糖でも入れたかのような甘みと爽やかな酸味が絶妙で、ほっぺたが落ちてしまうんじゃないかって本気で思った。
「そんな喜んでもらえるなら、毎日ここに来てって言いたいくらいだよ。」
リンダさんは私の顔を見て、くすくすと笑っていた。
その後ろの方ではティーナもブルース君も、私を見て楽しそうに笑っていた。
――――は、はずかし…。
思わず飾らず言ってしまったことを、少し後悔した。でもみんなとても嬉しそうな顔でこちらを見ていたから、私もそのまま残すことなく何度も「おいしい」と言いながら、初めて自分で収穫したトマトを完食した。
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