第50話 どうかまともになってますように
「ですが…。」
素晴らしいといって賛成したはずの私の口は、次の瞬間には余計な付け足しを入れようとしていた。このまま放っておいても、ロッタさんが滞りなく進めてくれるはずと信じていないわけではない。でもこれは今まで直面してきたどんな問題より大きいものだとわかっていた私は、挟まずにはいられなかった。
「高く売るという案には賛成ですが、品目と期間は絞るべきかと思います。」
ロッタさんは私の発言を、しっかりメモを取りながら聞いてくれた。出会った時からそうだったけど、なんて腰の低い大臣なんだと感心する。
「高く売るという事は、同時に好調な産業を圧迫する、という事でもあります。今の状況を解決するために一時的な対策として設けるのはすごくいいと思いますが、改善がみられたらすぐにでも廃止すべきかと思います。」
貿易のバランスを整えるために関税を設けるというのは前世でもよくあった話だけど、関税を付けるという事は同時に、儲かっているものの勢いを止める事にもつながる。
あまり長引くとリオレッドにとってもテムライムにとってもよくないことであることは明白だから、品目や期間を絞るというのはとても大切なことだ。
「今回はドレスが問題になっているので、リオレッドから仕入れたドレスの価格を一時的に値上げする。そしてテムライムのドレスの売り上げがある程度戻り次第、元に戻しましょう。」
きっと今テムライムの貿易赤字が大きくなっているのは、トマトの産業が不調になっているからってのも大きいんだと思う。天候が戻ったらある程度バランスは整い始めるだろうし、整っているのに関税を撤廃しないままでいたら、今度はリオレッドの経済に打撃を与えてしまいかねない。
「一時的な政策だとリオレッドにも説明をすれば、同意を得やすいかと思います。」
リオレッドとなんの同意をすることもなく、いきなり「あなたの商品だけ高く売ります」なんて言い始めれば、それも紛争の原因になりかねない。だから事前に納得する説明をして同意を得るってのも、バランスを整えるために大切な要素の一つだ。
リオレッドからすれば"譲歩"することになるんだから、事前にしっかり話し合いをするってのはテムライムの当然の義務ともいえる。
「その説明と当時に、一時的に売る量自体を減らしてほしいと要請するのも一つの方法だと思います。」
関税を付けるだけが、バランスを整えるための方法ってわけではない。一時的に輸出を制限してもらうっていうのも、貿易摩擦を起こさないための一つの方法だ。でもそれも当然、リオレッドからの協力がないとなせない方法だともいえる。
「リア様の言う通り、今回のことはリオレッドとの相談と同意が必須になるかと思います。ここで承認がいただけ次第、早速相談に伺おうかと思っています。」
私の説明を補足するように、ロッタさんが言った。
王様を含めた全大臣が納得したようにうなずいていて、私もその光景を見てホッとした。
「ではその方向で、頼む。」
「ありがとうございます。では早速、日程を調整させていただきます。」
ロッタさんはとても嬉しそうに、王様に言った。
そのまま私の方も見て「ありがとうございます」と言ってくれたから、私も同じように笑って「とんでもないです」と言った。
「もし交渉の場に私が必要でしたら、なんなりとお申し付けください。」
もし今の王様が変わらずじぃじだったら、そんなことは言わなかったと思う。
実際に交渉をされるのはパパやウィルさんなんだろうからあまり心配はしなくていいのかもしれないけど、今の王たちには一抹の不安がある私は、一言付け足した。
「頼もしいな。」
「なるべくそうならないように努力しますが…。そうなればよろしくお願いします。」
この問題はどちらかの国の譲歩がない限り解決しない。
ロッタさんだけで交渉がスムーズに行くのならそれがベストだと思う。でももしうまく行かなかった時、リオレッドからテムライムに嫁いできた私だからこそ、出来ることがあるかもしれないとも考えた。
"未来のためになることをしよう"と言ったじぃじの言葉を継いで、あのクソ王子たちが立派な王様になっていますようにと、願わずにはいられなかった。
☆
そうして会議は無事終了した。後はうまく行くことを願うしかない私は、その後すぐにラルフさんと一緒に家に帰った。
「願うしか出来ない、か…。」
自分に出来ることがないという事が、もどかしくて仕方がなかった。
リオレッドにいた頃は自分で案を出してそのまま駆け足で改善まで走り抜けていた私には、ただ待っているだけの状況が一番辛く感じられた。
「未来の、ために…。」
ベビーベッドを覗き込むと、二人はとても穏やかな顔をして眠っていた。
この穏やかな寝顔を守るために、私に出来ることは本当にないのか。
「あるかもしれないよな。」
ないと決めつけてずっと家にいるのは、やっぱり気持ちが落ち着かない。
もう隠居しようとすら思っていたはずなのに、私の気持ちは静かにメラメラと燃え始めていた。
「とりあえず寝よう。」
でも気持ちを燃やしたところで、出来ることが浮かんでくるわけでもなかった。私は考える力を少しでも蓄えるためにも、今日はおとなしく布団に入って寝ることにした。
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