第45話 あの日と同じ、だけど全く違う人
「う、うわぁ…。」
ティーナとブルース君に見とれてしまっていた私は、一旦落ち着いて広場全体を見渡してみた。すると暗くなり始めた広場に無数に光るロウソクが、まるで空に輝く星みたいに浮き上がって見え始めた。
「キレイ…。」
「でしょ?」
感激している私に、エバンさんは得意げに言った。予想以上にキレイな光景に、しばらくの間見とれてしまった。
「あ、そうだった。」
意識を取り戻して、二人の方をもう一度見た。二人はさっきの場所で向かい合っていて、お互い恥ずかしそうにうつむいていた。
「もう少し、近づいてみる?」
前のめりで二人を見つめている私に、エバンさんは言った。私がその言葉に勢いよくうなずくと、エバンさんは私の手を引いて、邪魔にならないところまで連れて行ってくれた。
「ティ、ティーナさん…っ!」
ちょうどその時、うつむいていたブルース君が勢いよく顔を上げて言った。それに驚いたティーナも、真っ赤な顔を上げてブルース君を見た。
「初めて買い物に来てくれたあの日から、ずっと…。」
そしてブルース君は顔を真っ赤にしたまま、ティーナに言った。恥ずかしそうにはしているけど目はしっかりとティーナを見つめていて、ティーナも目をそらさずにブルース君を見つめていた。
「ずっと、あなたのことを見ていました…っ!」
「きゃあ…っ。」
次の瞬間、勢いよくティーナに告白をしたのに一番に反応したのは私だった。
よっぽど大きな声が出ていたのか、エバンさんは私の口を自分の手ですぐにふさいだ。
「僕と、結婚してください…っ!」
きゃあああああ!
と、心の中の私は叫んでいたけど、口を抑えられているせいか声は出なかった。自分がティーナになったかのようにドキドキしながら見つめていると、ティーナはゆっくりと、自分が付けているバレッタを手で抑えた。
勇気のバレッタはロウソクの光を反射して、キラキラとひときわ美しく光っていた。その光がティーナを包み込んでいるようにすら見えて、やっぱりあれは特別なバレッタだなと思った。
するとその時、ティーナが不意にこちらを見た。
バレてないつもりだったのに、バレてたのか。
観念した私はティーナの目をしっかり見つめて、大きくひとつうなずいた。
自分の幸せを、どうか手放さないで。
その幸せは全部、ティーナのものなんだから。
伝わるはずはないけど、心の中で言った。するとティーナは顔を歪ませながら同じように大きくうなずいて、今度はしっかり、ブルース君の方を見た。
「わたくしで…よろしければ…。よろしく、お願い致します。」
すごくすごく、ティーナらしい返事だった。
ティーナの目からあふれた涙が勇気のバレッタに照らされて、宝石なんかよりよっぽど輝いて見えた。
「ティーナさんがいいんです!」
するとブルース君はそう言って、ティーナに思いっきり抱き着いた。その光景を見た私はついにボロボロと泣き始めた。
「よかったね。」
そんな私の肩を抱いて、エバンさんが言った。私は声にならない声で「うん」と言いながら、大きく何度もうなずいた。
するとその時、どこからか音楽が流れ始めた。音楽が聞こえ始めたと思ったら、人々はロウソクがない場所へと移動して、好き好きにダンスを踊り始めた。
「ティーナ…。」
踊れるのかな。
ダンスをするとか聞いてないと思って心配になってティーナをみつめると、ティーナはすごく恥ずかしそうに、でもすごく上手にダンスを踊っていた。
悔しいけど、どうみても私より滑らかな動きだった。
ティーナの頭が揺れる度に光るバレッタを見ていたら、エバンさんと出会ったあの日のことを思い出した。今日も勇気のバレッタは恋心に寄り添うように光り輝いていて、二人の未来を照らしていた。
「本当に…。」
あれは本当にすごいバレッタだ。今度テレジア様に会ったら、改めてお礼を言わなくちゃ。そんなことを考えながら二人を見つめていると、周りにいた人たちがなんだかざわざわし始めた。
「エバン様とアリア様じゃない…っ。」
「お美しいわ。」
今まではロウソクの方に向いていた集中が途切れた瞬間、私たちがきていることを悟られてしまった。ティーナのことを見届けたわけだし、注目を集めすぎてしまう前に帰ろうと思っていると、後ろから誰かに背中を叩かれた。
「坊ちゃん、リア様。踊っといでよ!」
「リンダさん…っ。」
そこに立っていたのは、いたずらそうに笑っているリンダさんだった。帰らせてくれよと半分にらみながら見ていると、リンダさんの声に反応した周りの人たちが、「ぜひ!」と言って騒ぎ始めた。
「リア。」
それでも逃げようとしている私に対して、空気がちゃんと読める旦那様は私の方に体を向けた。恐る恐るエバンさんの方を見ると、彼はひざまずいて、私に右手を差し出した。
「よろしければ私と、踊っていただけませんか?」
その一言で、フラッシュバックみたいにあの日のことを思い出した。思い出したら一気に恥ずかしくなって、私は思わず固まってしまった。
「リア。」
するとエバンさんは、あの日とは違うフランクな呼び方で私を呼んだ。確かあの日その役を果たしてくれたのは、パパだったなと思った。
「はい…。」
ついに覚悟を決めた私は、差し出された手に自分の手を重ねた。
すると周りはひときわ大きな歓声に包まれ始めて、それと同じくらい、私の胸も大きく騒ぎ立て始めた。
「ダンスなんて…、あの時以来…っ。」
「大丈夫。僕が先行します。」
確かあの時も、そんなことを言われた気がする。懐かしくなってエバンさんの目を見つめると、彼はとても穏やかな目で私を見ていた。
「緊張、なさってますか?」
そしてエバンさんは続けて、あの日言ったセリフを言った。
なんだかおかしくなってきた私は、笑いながら「はい」と返事をした。
「僕も、です。」
するとエバンさんも笑いながら、同じセリフを言った。
私たちは目を合わせてクスクスと笑い合って、自然に音楽に合わせて踊り始めた。
あの日と同じダンスを、あの日と同じように踊ったはずだ。
でもここはリオレッドではなくテムライムで、目の前にいる人は、私のとても愛おしい人に変わった。
広場いっぱいに、おさまりきらないほどの愛があふれているように見えた。私はあの日みたいにエバンさんに身を任せながら、この愛がどうかいつまでも続きますようにと、心の底から祈った。
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