第43話 受け継がれるバレッタ


「ティーナ、ちょっとこっち来て。」



メイド萌えを貫いてデートに行こうとするティーナを、私は自分のクローゼットの方に呼んだ。ティーナは不思議そうな顔はしていたけど、私に言われるがままこちらに歩いてきてくれた。



「えっと…、これかな。」



クローゼットの中にあったキレイなグリーンカラーのドレスを、私は手に取った。そのドレスの色はまるでティーナの髪の色みたいで、見ているだけでどこか落ち着くような気持ちになる。



「うん、似合う。はい。」



自分のおさがりを勝手に選んで、ティーナに手渡した。するとティーナはもっと不思議そうな顔をして、「着替えられるのですか?」と聞いた。



「うん。ティーナがね。」

「え?!」



自分が着るために手渡されたことをやっと悟ったティーナは、驚いてその場に固まった。



「そんな…っ、私なんかが…っ!」



しばらくして動き出したと思ったら、そのドレスを私の方に差し出しながら言った。



「ねぇ、ティーナ。」



私はゆっくりとそのドレスをティーナの方に押し返した。そしてドレスごと、ティーナをギュっと抱き締めた。



「本当は買ってあげたいくらいなんだよ。でもそれは絶対いやっていうでしょ?」



私の腕の中で、ティーナは静かにうなずいた。この数年で私もティーナのことよく分かってきたなって思った。



「私のために、いつもありがとう。」

「私は…っ。」



私はティーナに、毎週2回はお休みするようにっていつも伝えている。でもティーナは休みだって言った日も私のために毎朝起きてくれるし、私がうとうとしていたら、その間の二人の世話を請け負ってくれる。



「いつもそばにいてくれて、本当に助かってる。ティーナがいないと私なんてとっくにダメになってる。でもね、たまにはおしゃれして出かけて、楽しんできてほしいの。じゃないと私が嫌なの。」



普通の女の子みたいに、おしゃれしてデートを楽しんでほしい。そして好きな人と結ばれて、幸せな生活を送ってほしい。



「着て、くれる?」



そこまで言ってやっと、ティーナは小さくうなずいてくれた。そしてちょっと着替えてくるといって脱衣所の方に行ったと思ったら、すぐに着替えて戻ってきた。さすがだな、と思った。



「すっごい似合う。」



予想通り、グリーンのドレスはティーナにすごく似合っていた。スカートの裾の方に小さくちりばめられたカラフルな花の刺繍が、まるでティーナみたいにひかえめに、可愛らしく咲いていた。



「座って。」



私は少し恥ずかしそうに立っているティーナを、自分の鏡台に座らせた。そしてクローゼットの引き出しから、久しぶりに手にするアレを取り出して、座っているティーナの後ろに立った。




「ティーナ。」



私は固く結ばれていたティーナの髪をほどいて、ゆっくりとといた。肩の下あたりで切りそろえられた髪は、くしでとくたびにつやつやとキレイに光り始めた。



しばらくすると、ティーナの髪はキレイなボブの状態に整った。鏡越しにティーナを見て見ると、いつもと違う状況とブルース君に会う緊張からか、思いっきり肩に力が入ってしまっているのが分かった。




「ほら、肩に力が入ってる。」



私はティーナの両肩に手を置いて、スッとその力を抜かせた。するとティーナはやっと表情を緩めて、「はい」と言ってくれた。



「これ。」



そこで私はクローゼットから持ってきたバレッタを、箱からそっと取り出した。



「リア様…っ!これは…っ!」



それはあの時テレジア様にもらった、"勇気のバレッタ"だった。

このバレッタはいつだって私の転機を見守っていてくれた。つけているだけで本当に勇気が湧いてきて、私は色んな決断をすることが出来た。



「これはね、勇気のバレッタなんだよ。」



私が大事な時にこのバレッタをつけることを知っているティーナは、「ダメです!」と言って抵抗した。でも私はそんな抵抗も無視して、そのバレッタをティーナの右耳の上あたりにつけた。



「テレジア様が、くれたの。」

「そんな大事なもの…っ!」



そう言えば私もこのバレッタをもらった時、同じ反応をした気がする。なんだか懐かしい気持ちになって、思わず笑ってしまった。



「その時に言われたの。」



そしてあの時、テレジア様は続けて言った。



「"誰かに勇気をあげたくなったらこれをプレゼントしてほしい"って。」



今がその時だと思った。あの時テレジア様が私にしてくれたように、私もティーナの背中を押す時だと思った。


するとティーナはまだためらって、「でも…」と言って口ごもった。



「その時テレジア様ね、こうも言ってた。"私には守ってくれる人がいる"って。私の初恋はジルにぃだって分かってるはずなのにね。悔しいよね。」



ティーナはそれを聞いて、初めて笑ってくれた。私もティーナと同じように笑って、「私にもね」と話を続けた。


「今は守ってくれる人がいるの。だから勇気のバレッタは、次の持ち主のとこに行くべきなの。」


あの日テレジア様が天然ののろけをかましてきたみたいに、私も思いっきりのろけてティーナに言った。するとティーナはゆっくりと、自分の髪についている勇気のバレッタを手で押さえた。



「ティーナもいつか勇気をあげたい人が出来たら、これを渡してくれる?」



このバレッタは誰かの想いと一緒に、繋がれていくべきものなんだと思う。だからずっと私が持っているのは絶対に間違っている。


ティーナはそこでやっと、ゆっくりと首を縦に振ってくれた。私はティーナの今日が素晴らしいものになるように祈りながら、いつもの伝えきれない感謝と一緒に「ありがとう」と一言付け足した。

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