第38話 それとこれとは別の話…らしいです


それから数週間が経って、例の祭りはあと1週間のところまで迫っていた。早くティーナに話をしたかったんだけど、エバンさんに産休のことを話していいといわれるまでは話す事が出来ない。


どこか落ち着かない気持ちを抱えながら、この数週間は過ぎて行った。

そもそも祭りまでにエバンさんは帰ってこれるのか分からないってのを考慮したら、もうエバンさんなんて無視して話を先に進めるべきなのかもしれない。



「でもなあ…。」



ここまで散々好き勝手やってきた。

リオレッドにいた頃は好き勝手やっても尻ぬぐいをしてくれるのはパパの仕事で、私がためらう要素なんて一つもなかった。


でも今は違う。私は"ディミトロフ家の嫁"になってしまった。

これで勝手に話を進めて何かトラブルにでもなって、家にいられなくなると思ったらゾッとする。



「怖い。」



珍しく律儀なことを考えていると、思考回路がだんだん迷宮入りし始めて、いつか捨てられるんじゃないかっていうところで着地してしまった。



「パパに捨てられないように、ママ頑張るからね~。」

「あうっ。」「きゃあっ。」

「たとえ国を捨てることになっても、僕はリアを捨てないよ。」



恐怖感を少しでも軽くしようと思って、カイトとケントに話しかけた。すると部屋の入口の方から、独り言に答える大好きな声が聞こえてきた。



「ただいま。」



ゆっくりと声のする方に振り返った私に、少し疲れた様子のエバンさんは言った。

今まで地まで落ちていたはずの思考回路は、彼の顔を見ただけで大気圏を超えてはるか上空へと打ち上がった。それと同時に私の体は勝手に走り出していて、何も気にせずエバンさんの胸へと飛び込んだ。



「おかえりっ!」

「おっと。危ないよ。」



自分がきている固い服に私の頭が当たらないように、エバンさんは走ってくる私を子供みたいに抱き上げた。私はそんなエバンさんの気遣いも無視して、そのまま無理やり胸に顔を付けた。



「会いたかった。」



そのまま両手を彼の腰に回してギュっと抱き締めた。するとエバンさんはそんな私を壊れそうなくらい強く抱きしめて、「僕も」と言った。



「元気だった?体調崩してない?」

「うん。元気。」



前私が体調を崩したのがよっぽどトラウマらしく、エバンさんは私の言葉を聞いた後も心配そうな顔で覗き込んできた。でも私の目を見て少し安心した顔をした後、「よかった」と言った。



「カイとケンも元気よ。」



私はそう言って、エバンさんの手を引いて二人のベッドのところに連れて行った。カイトもケントもエバンさんの顔を見て、嬉しそうな声をあげていた。



「一人に任せてごめんね。」



しばらく二人をあやしたり抱っこしたりした後、エバンさんは本当に申し訳なさそうな顔で言った。でも支えてもらいながら子育てが出来ている私は、いつだって一人じゃなかった。



「ううん。ティーナもマリエッタさんもいてくれるから。全然大丈夫だったよ。」

「そう言われちゃうと、少し寂しい気もするけど。」



複雑そうな顔をしながらも、エバンさんは「よかった」と言ってくれた。そして私が子どもたちの寝かしつけをしている間にシャワーを浴びて、いつもの格好をして戻ってきた。



「思ったより早かったね。」



もしかすると遠征は祭りの後まで続くのかもしれない。

そう思っていた私がポツリと言うと、エバンさんは「そりゃね」と言った。



「祭りを逃すなんて考えられないからね。」



私が思っているよりも、この国の人にとって"祭り"は大切なイベントらしい。そんなに大切にしているならどれだけ盛大なものなのかと、なんだかすごく楽しみになった。



「あ、そうだ。あのね、一つお話があるの。」



そこでようやく、話さなければいけないことを思い出した。するとエバンさんは私の腰を持ってそのままベッドへと誘導して、ゆっくりと腰を下ろさせてくれた。



「どうしたの。」



愛おしそうに頭を撫でながら、エバンさんは言った。どうしてこの人に捨てられるなんて考えいたんだろうとさっきまでの自分を後悔しながら、エバンさんにティーナの話をすることにした。



「あのね。リンダさんの息子さんがいるでしょ?」

「ブルースな。」



エバンさんはまるで弟を呼ぶみたいにして、慣れた様子で彼の名前を呼んだ。エバンさんは本当にちゃんと街の人のことを見ているんだなと思ったら、なんだか少しうれしくなった。



「ティーナとあの子、多分両想いなの。」

「へえ。それはいい。」



楽しそうに反応してくれるエバンさんに、私は祭りでの計画と産休・育休制度の話をした。エバンさんが相変わらず頭を撫でながら聞いてくれるから、ためらうことなく話を続けられた。



「いいね、それ。」



そしてエバンさんは、すごく軽く言った。まるでご飯のメニューを提案された後みたいな軽さだなと思った。



「早速明日、父さんに話してみるよ。」

「いいの?」


あまりにもあっさり過ぎて、私の方が困惑してしまった。するとエバンさんはクスクス笑いながら、「嫌なの?」と聞いた。



「ううん。嬉しいんだけど…。もっと考えなくていいのかなって。」

「考えるもなにも。反対する理由もないし、僕だってティーナを手放したくないし。それにブルースにも幸せになってもらいたいから、すごく嬉しい提案だよ。」



エバンさんはそう言って、私の頬を撫でた。

あっさり提案がOKされた驚きと、久しぶりに触れられるドキドキで、頭が真っ白になった。



「本当は今すぐにでも話に行きたいけど、今日は疲れてるしね。」

「そうね。」

「それに今は、リアをじっくり感じるのが先だ。」



その言葉を言ってすぐ、エバンさんは私に濃厚なキスをした。戸惑っているうちに私はベッドに押し倒されていて、目を開けると目の前にエバンさんのキレイな顔があった。



「つ、疲れてるんじゃ、ないの?」



時間は昼間だし、それに部屋の奥の方にはさっき寝たばかりの息子たちがいる。

なんだかすごく恥ずかしくなって目をそらしながら言うと、エバンさんは私の顎を持って、また唇を重ねた。



「それとこれとは別の話。」



いや、全然別じゃないでしょ!

と内なる私はツッコんでいたけど、それ以上抵抗もしなかった自分は、実はとても素直なやつだと思う。

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