番外編 ティーナのリア観察日記


「ティーナ。サンチェス家のアリアという子は知ってるかい。」



王城の隅の隅の方で仕事をしていた私のところに、ある日突然王様がやってきて言った。王様が私の名前を知っていて、そして話しかけてくださるというだけで驚いて、私は思わず言葉を失ってしまった。



「ごめんね、急に話しかけて。」



すると王様は私の気持ちを察して、そう言ってくださった。このまま黙っていたらこの後給仕長さんに何を言われるか分からないと思って、私は何とか「はい」と言葉を絞り出した。



この国でその方の名前を知らない人は、ほとんどいないと思う。

マールンの家に生まれたのに、王様にすごく信頼されているおかげで、いつでも王城に出入り出来る資格を持った、特別な女の子。



年はそんなに私と変わらない。それなのにこれまでに何度も、国の発展に貢献してきたらしい。ウマスズメを連れてきたのだってその子なんだって話は、私なんかの耳にも届くくらい有名だ。



「その子の支度役を任されてくれないか。」



ただでさえ驚いている私に、王様は言った。どうして私なんかが選ばれたのか全く分からなくて、また体をこわばらせた。



「王様、別に適任が…。」



固まっている私の代わりに、給仕長さんが言った。

それもそうだ。私は昔からどんくさくて、人と話すのにもどもってしまう。そのせいもあって昔からどこにいっても孤立していたし、今だってなんとか仕事はさせてもらえているけど、いつ辞めさせられてもおかしくないと思う。



「いや、ティーナがいいんだ。」



それなのに王様は続けて言った。給仕長さんより私がもっと驚いて王様を見ると、「君の働きっぷりは素晴らしい」と言ってくださった。



「この間偶然見てたんだよ。みんなが帰った後に気が付かない細かなところまで磨いているところを。仕事はとても丁寧で、それでもって素早かった。」



いつの話をされているのかは全く分からなった。それに王様がそんな些細なことで、私を選んでくださっていることが信じられなかった。



「つ、つ、謹んで、お受けさせていただきます…っ。」



私なんかに出来るか分からなった。それでもここまで言われて断る選択肢なんて、あるはずがなかった。隣で私を見てる給仕長さんの視線はとても痛かったけど、私は王様の命をお受けすることにした。




「ティーナ。よろしくね。」



アリア様はお噂通り、すごく美しい方だった。それに歩くときだっていつも凛としていて、年齢が同じくらいの女性だって思えないほど堂々としていた。



「じゃあこれから頑張るために、これ。」



それなのにアリア様からは、おごりみたいなものが一切見えなかった。その上アリア様は私なんかに自分のお食べになるワッフルせんべいを分けてくれたりもする、物腰の柔らかい方だった。


賢くて凛としていらっしゃる方だから、もしかしてとても厳しいのかもしれないと思っていた。だからアリア様と接してすぐ、思わず少しホッとしてしまった。




こんな私なんかがアリア様にお仕えしていいものなのかという疑問は抱えたままだったけど、それでも船は前へと進んだ。

戸惑いは晴れないままあっという間にテムライム王国に到着して、すぐに私はアリア様の部屋に荷物を持っていった。



「わぁい!」



するとアリア様は部屋に入ると同時に、思いっきりジャンプしてベッドへと飛び込んだ。



「あ、危な…っ。」



アリア様はまるで電池が切れたみたいに、ベッドでぐったりとした。凛としたお姿とのギャップがすごくて慌てていると、アリア様は私を見て「私って、どんな人だって聞いてる?」と聞いた。



「聡明な方だと、聞いております。」



身分も関係なく王様に認められるほどなんだから、間違いなくそうなんだと思う。素直にそう答えると、アリア様は楽しそうにクスクス笑った。



「私って結構豪快な女なの。なんて聞いてたか分からないけど、少しずつ慣れていってね。」



とても不思議な人だと思った。

いつも背筋にピンと一本筋が通ったように凛としたお姿をした美しい女性でありながら、時にはとても豪快なことをする。出会ったばかりだというのにその不思議な魅力に、すでにとりつかれている自分がいた。





テムライムから帰ったら、私の役割は終わりだと思っていた。でもリオレッドに帰ってすぐリア様は私の元に歩いてきて、にっこり笑って言った。



「うちに、来てくれないかしら。」

「そ、そんな…っ。」



私なんかがリア様のお家に仕えるなんて、そんなのおこがましい。給仕長さんが言う通り、もっと適任の人がいると思った。



「私なんかが…、もったいないです。もっと他に…。」

「どうして?」


王城で働いている誰かに声をかければ、きっと喜んでつとめてくれる。そう思って別の優秀な誰かを紹介しようとした。なのにリア様は本当に分からないって顔をしてそう聞いた。



「私…グズですし、ど、どんくさいですし…。ご、ご迷惑を…。」



テムライム滞在中、ずっとリア様を見ていた。

リア様はやっぱりすごく堂々としたお方で、たくさんの男性の前でも自分の意見をはっきりと述べられていた。その背中がとてもかっこよかった。聡明さがありありと伝わってきた。



私とは生きる世界がちがう、ずっと先を歩いている方だと分かった。だから一緒にいたらきっと迷惑をかけてしまうと、そう思った。



「え?ティーナ、全然グズじゃないじゃん!」



するとリア様は、輝くような笑顔で言った。お顔がキレイ過ぎて、何もかも忘れて思わず見とれてしまった。



「仕事も早いし、すごく丁寧だし…。むしろグズの逆だよ!」



「逆ってなんていうんだろう」と言いながら、リア様はまた笑った。



早くに親が病気で死んだ私は、小さい頃から親戚の家で育てられた。その親戚の家の人たちだって裕福な家庭ではなくて、私みたいなお荷物が来て生活が圧迫されたと、おじさんもおばさんもいつも私にそう言った。



それに私はどんくさくて、最初は家事もまともに出来なかった。



"お前なんてどうして引き受けたんだ。"

"このグズ。もっと早く仕事しなさい。"



毎日そう言われた。少しでも怒られないように、仕事が早くできるようになるために、毎日毎日努力をした。それでも思ったようになかなか出来なくて、いつも怒られた。人とあまり話さなかったせいで大人になっても会話すらまともに出来ない私は、一生暗いところで生きていくんだと思っていた。




「誰だっていいわけじゃないの。」



まだためらっている私に、リア様は言った。そして穏やかに笑って、私を抱きしめてくれた。



「ティーナがいいの。仕事が速いってのはもちろんだけど…。なんかね、一緒にいるとすごく落ち着くの。だから嫌じゃなかったら、私のお家に来てほしい。」



そんな暖かい言葉をかけてもらったのは、人生で初めてだった。グズじゃないと、一緒にいて落ち着くなんてもったいない言葉をかけてもらったのも、人生で初めてのことだった。



「嫌なんかじゃありません!」



私はそこで初めて、強い口調で言った。リア様は驚いて、体を離して私の目を見た。



「ぜひ、よろしくお願い致します。」



今までは働かないと生きていけないと思って、目の前の仕事を必死でこなしていた。でもリア様にお仕えするというのが、人生で初めてやりたいと思える仕事だった。まだ出会って間もないのに、この人のためなら何でもできると本気で思った。



「やった!うれしい…っ!」




今まで暗かった自分の人生が、リア様に出会ったことで明るく照らされていくように感じた。

太陽みたいに笑って喜んでいるリア様を見て、私はなにがあってもこの人に一生お仕えすると、心の中で固く誓った。

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