第35話 また新しいことを思いついたぞ!
「もしうまく行ったとして…。リアはそれでいいの?」
さっきまで盛り上がっていたはずなのに、エリスが申し訳なさそうな顔をして言った。それでいいに決まっていると不思議に思って首を傾げると、エリスは「だって…」と言葉を付け足した。
「もしティーナが結婚したとしたら仕事だって続けられないし…。」
なるほど、そうか。
この世界では仕事をしている女性と言ったら市場で物を売っているリンダさんみたいな人か、ティーナみたいな女給さんしかいない。そして働いている人はだいたい10代前半の子たちか、もしくはおばさんばかりだ。
「結婚したら、みんな仕事を辞めるの?」
常識かもしれないけど、一応聞いてみた。するとエリスは少し驚いた様子で「そうね」と言った。
「子供が出来たら子育てだってあるしほとんどみんな辞めると思う。」
考えてみればリオレッドでもそうだった。
メイサはたまには私の支度を手伝いに来てくれていたけど、結婚してから仕事を辞めたし、近所の家でも結婚した女給さんが仕事を辞めて、新しい人が来たって話をよく聞いた。
「子どもが大きくなったらまた復帰するって人はいるけど、ティーナももし結婚したら、リアの元を離れるわけだしさ。」
「そう、か…。」
ティーナは私にとって、今や家族のような存在であることは間違いない。ティーナがいなけりゃとっくに死んでたかもしれない場面だってあったし、何度だって助けてくれた。もう会えなくなるわけではないけど、ティーナがそばにいてくれなくなるって考えたら、すごく寂しかった。
「でも、かといって幸せの邪魔は出来ない。」
苦労をかけたからこそ、ティーナには幸せになってほしい。
それに結婚は、好きな人とするものだ。
「リアはそう言うと思った。」
私の言葉を聞いて、満足げに笑ったエリスが言った。知らないうちに静かになった子どもたちの顔を見て見ると、いつの間にかすやすやと寝てくれていた。
「でもティーナはなんていうかな。」
「え?」
満足げに言う私に、エリスは続けて言った。
寝ている子どもたちから目を移してエリスを見ると、彼女は少し困った顔で笑っていた。
「前言ってたのよ。リアは自分にとって太陽みたいな存在だって。一生自分がお仕えするって。」
「ティーナが…。」
そんな風に思ってくれているなんて知らなかった。
いつだって振り回して心配をかけて、私なんて暴君みたいな存在と思われていてもおかしくないと思っていた。
「ここにだってリアについてきたのに…。それなのに自分は結婚して仕事を辞めるなんて、あの真面目なティーナが受け入れるかしら。」
メイサにも最初は拒否されたなってことを、今更になって思い出した。
その上エリスの言う通り、あの時とは状況が違う。ティーナは私のためにここについてきてくれているから、仕事を辞めるなんて選択肢はないだろうなと思った。
ティーナはああ見えて結構頑固なところがある。だからきっとやめないといったらやめないし、小さかった頃みたいにパパとママに泣き落とし作戦をすることも出来ない。
だからと言ってここで引き下がる私ではない。
「分かった。」
やめないっていう事がわかったなら、それに対して対策をしておけばいいと思った。急に「わかった」と言い出す私を、エリスが不思議そうな顔をしてみていた。
「やめないで結婚できるようにする。」
「え?」
「もし子供が出来て出産することになっても、ある程度子供が大きくなったら戻ってこれるようにするの。」
それはきっとこの世界で初めての"産休・育休制度"だ。
ティーナにずっとそばにいてほしいっていうのがもちろん前提にあるけど、人不足が深刻なこの世界で、女性の働き手を結婚を理由にして失うなんてもったいなさ過ぎるとも思う。
「ティーナは私の家族でもあるから、子どもも一緒に見ればいい。」
前の世界みたいに保育園とかそういうものがないから、もしかして実現が難しい部分もあるかもしれない。浸透させる第一歩になるには、貴族になった私に仕えるティーナがピッタリだ。
「リアは本当にすごい。」
またやることが出来たと心を燃やしている私に、エリスが言った。何が?と思ってエリスをみると、エリスはクスクスと笑った。
「いつもどうしたらみんなが幸せか考えてる。」
「そんなこと、ないけど…。」
"みんなが幸せか"なんて、そんな大きなことは考えていない。ただ自分の身の回りの誰かが幸せなら、自分が幸せっていうだけだ。
それでも…。
「もし誰かのためになってるなら、嬉しい。」
もしそれが私の知らない誰かの幸せになっているんだとしたら、それに越したことはない。そう思って言葉を付け足すと、それを聞いたエリスは「頑張ろうね」ってにっこり笑って言ってくれた。
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