第30話 お察しが良すぎる旦那様



「ティーナ、あの子のこと好きなんだ。」

「へ?!?!?」



リンダさんのお店やそのほか数件のお店での買い物を終えてまだ少し時間があったから、海の方に行ってみることにした。馬車に乗り込んでから間髪入れずにそう言うと、ティーナは大きく動揺して私を見た。



「いいよ、隠さなくても。」



メイサとレオンさんをくっつけたときのことを、漠然と思い出した。

あの時はまだ子供だったから回りくどい方法をとるしかなかったけど、今はもう立派な大人だ。可愛そうかなと思いつつストレートに言うと、ティーナはなにも言わずうつむいてしまった。



「あっちも気がありそうな感じだったけどね?」

「そ、そんな…っ。わ、私なんか…。」

「ふふふ。」



絵に描いたように動揺し始めたティーナが、なんだかすごくかわいくて思わず笑ってしまった。唐突に私が笑ったのに驚いてティーナがこちらを見たから、「ごめんごめん」と気持ちの入っていない謝罪をした。



「可愛いなと思って。」

「もう…リア様…。」

「ごめんごめん。」



ティーナの口からブルース君のことが好きだって直接聞けたわけではないけど、その態度こそ"彼が好きだ"と伝えてきているようなものだった。

こんなすぐそばで人の恋愛が見られるのなんて、いつぶりのことだろう。やっぱり女子っていつまでたっても恋愛の話が好きだよなと思ってみたけど、私は果たして恋愛の話が好きな"女子"と言っていい年齢なのだろうか。




いや、もうそのことを考えるのはやめよう。




「あ、船来てる。」



思考回路を停止させるためにももうすぐ到着する港の方に目線を移すと、ちょうど船が停泊しているのが見えた。

船を近くで見たのも半年ぶりだ。さっきまでティーナの恋の話をしていたはずなのに船を見たらすっかり仕事モードになった私は、心を躍らせながら馬車を降りた。



「お、やってるやってる。」



荷下ろしをしているのを見て、なじみの居酒屋の電気がついているのを見つけたサラリーマンみたいなことを言った。コンテナが出来たとはいえ、それ自体を持ちあげる機械はまだ開発中だから、スロープを使ってみんな一生懸命コンテナ内の荷物を運んでいた。


運んでいる箱には見覚えがあったから、多分リオレッドからドレスでも運んできたんだろう。テムライムにいてもリオレッドのものが普通に手に入るってのはこうやって頑張ってくれている人たちのおかげだって再認識して、ちゃんと感謝しないといけないなと思った。



「こりゃダメだぞ。」

「ああ、もう半分以上か…。」



するとその時、何人かの船員ががっかりした顔でそんな話をしているのが耳に入った。何の話をしているのか純粋に気になって、私は邪魔にならないようにその人たちの方に寄っていった。



「あの…何かあったんですか?」



いきなり女の声で話しかけられたことに驚いたのか、二人は肩を揺らしてこちらを見た。そして私の顔を見たらもっと驚いた顔をして、急いでビシッと敬礼の姿勢を取った。



「アリア様!こ、こんにちは!」

「ご、ごきげんよう。」



元はただの商家の娘だった私は、エバンさんと結婚したことで貴族の家の嫁になった。昔からパパの会社の人たちに丁寧な接し方をされることに多少は慣れていたけど、こんな風にかしこまられることには未だに違和感を覚えてしまう。



「先ほどのお話が耳に入りまして…。よろしければ何があったのか教えていただけませんか?」



最初は「やめてください」と言って抵抗をしてみたこともあった。でも抵抗したところでみんな丁寧に接するのをやめてくれないし、逆の立場だったとしてもやめられないってことはわかる。だから半分あきらめてさっきの話を進めると、二人は目を合わせて少し困った顔をした。



「どう、されました?」



何か困らせるようなことを言っただろうか。不思議に思って恐る恐る聞いてみると、二人はやっぱり困った顔でこちらを見た。



「実は…。」

「奥様がここに来ても、その…。何もさせないようにとエバン様に…。」



二人はとても言いにくそうな顔をして言った。



ちょっとちょっとエバンさん。

いくら何でもお察しが良すぎませんか?

私、何もする気なかったよ?

でも耳に入っちゃったら動かざるを得ないじゃん。

それにさ、人間不思議なもんで、

"ダメだ"って言われたらやりたくなっちゃうもんなのよね~。



絶対、負けないからな。



海に来たのだって、別に働こうと思ったからではない。

なのにダメだと言われた途端謎の負けず嫌い精神が湧き上がってきた私は、心の中で静かにエバンさんとの開戦を宣言した。

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