第29話 またまた見つけてしまいましたゼ


「すみません。トマトチヂミを10個とあとホウレンソウイチゴを5束。あとは…。」


街についてすぐ、ティーナは八百屋さんで野菜を調達し始めた。

そのお店は私が初めてテムライムに来た時にエバンさんと寄った、リンダさんのお店だった。



「はいよ!」



後ろを向いたままなにか作業をしていたリンダさんは、元気に返事をしてこちらを見た。そして一瞬ティーナを見た後、視線を私の方へと移した。



「…あれ?!リア様じゃないですか!」

「ごきげんよう。」



リオレッドではおてんば娘として好き勝手生きてきたけど、ここではそういうわけにはいかない。ディミトロフ家の嫁としてちゃんとした姿を見せないとと思って丁寧にあいさつをすると、リンダさんは「お久しぶりです!」とまたパワフルにあいさつを返してくれた。



「今日はどうしたんです?」

「たまには息抜きしたら?って、マリエッタさんが言ってくださったんです。」

「なるほどね。育児はほんと体力使うからねぇ。」



リンダさんのお子さんはもう成人を超えているらしいけど、先輩ママとしてそう言ってくれた。「そうなんです」と言ってそれに同調すると、リンダさんはおもむろにトマトを一つ取って、それを切り始めた。



「これで栄養付けてくださいな。」



あの日してくれたみたいに、リンダさんは切ったトマトを私に差し出した。これまたあの日みたいに私が「そんな!」と謙遜すると、リンダさんは豪快に笑った。



「変わらないねぇ、リア様は。」

「そう、ですか?」

「ええ。初めて会った時も謙虚な子だって思ったさ。」



リンダさんはまた「ハハハ」と豪快に笑った。

笑い方がなんだかおかしくて、私も一緒に笑ってしまった。



「子どもたちの栄養だと思って、食べて!」

「それでは、お構いなく…。」



家でもほぼ毎日トマトを食べているはずなのに、何度食べても飽きない。

それに市場で食べるトマトはなんだか格別に美味しくて、口いっぱいに広がる甘酸っぱくてみずみずしい味わいで、心まで満たされていく感じがした。



「はあ、おいしい…。」



美味しすぎてため息をつくと、リンダさんもティーナもそれを見て笑った。



「リア様は本当に美味しそうに食べてくれるね。」

「なんでもそうなんです。だからこちらも作り甲斐があります。」

「ちょっと、ティーナ。それじゃあ私、ただの食いしん坊みたいになるじゃん。」



恥ずかしくなって言うと、ティーナは「ごめんなさい」と言って謝ったけど、謝りながら笑っていた。不服には思ったけど、ティーナが楽しそうにしているならそれでいいかと思った。



「母ちゃん!追加!」



するとその時、若い男の子がたくさんのトマトを持ってやってきた。

リンダさんはその子からトマトを受け取りつつ、「ご挨拶!」と思いっきり背中を叩きながら言った。



「いってっっ!」



背中を叩かれて押されたその子が、私の目の前に立った。その顔がどことなくリンダさんと似ていて、息子さんなんだろうなってのがすぐにわかった。



「ディミトロフ家のアリア様だよ。」

「分かってるって。ご挨拶遅れました。ブルース・ワイルダーです。」



テムライム式の敬礼で挨拶をしてくれたブルース君は、私より年が少し下ってくらいだろうか。農業をしているせいか肌は黒く焼け焦げていて、たくましい腕をしていた。リンダさんと同じく紫の髪がキレイに輝いていて、にじんでいる汗もとても爽やかに見えた。



「いつもありがとうございます。どれも美味しくいただいてます。」



やったことがないから分からないけど、大変な農作業をしていつも美味しいトマトを提供してくれていることに心から感謝して言った。するとブルース君はすごく嬉しそうな顔をして、「こちらこそありがとうございます!」と大きな声で言った。



「ティーナさんも、お久しぶりです。」

「お、お久しぶりです。」



ブルース君はティーナのことも知っているようで、今度はティーナの方をすごくまっすぐな目で見て頭を下げた。ティーナがどもる声を聞くのも久しぶりだなって思って彼女の方を見てみると、なんとなくいつもより赤い顔をしているのが分かった。



――――は、は~ぁん。

     なるほど、ね。



「あの…っ。こないだのチーズセロリ、いかがでしたか?」



するとブルース君は、少しためらいがちにそう聞いた。そう言えばこないだティーナが試作品だっていってチーズみたいな味をしたものを使った料理を出してくれたのを思い出した。

チーズ好きの私としてはたまらなくおいしかったけど、あれもブルース君が作ってくれたものだったなんて知らなかった。



「すごく、美味しかったです。」

「そうですか…、よかった。」



ブルース君は本当に安心した様子で、ティーナと同じく頬を赤らめて言った。



――――なんだ、こっちもかい!



「ほら、あんた。さっさと戻りな!」

「分かったよ!アリア様、ティーナさん。ごゆっくり。」



ブルース君は颯爽とその場を去って行った。私は去っていくブルース君の背中とそれを名残惜しそうに見つめるティーナの顔を交互に見て、これからどうやって動こうかなってニヤニヤしながら考えた。

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