番外編 アルのリア観察日記


小さい頃の俺は何をやってもうまくいかなくて、父さんにも兄さんにも怒られてばかりだった。いつも励ましてくれたウィル兄さんがルミエラスに行ってからは怒られることが圧倒的に増えて、ますます自信を失っていった。



俺はもしかして素質がないのかもしれない。

小さいながらにそんなことをたまに思っていた。俺もウィル兄さんみたいに頭が良かったらいいんだけど、残念ながら全く勉強は出来ないから、騎士になるしか道はない。




そんな風に悩んでいるころに出会ったのが、リアだった。



末っ子として育った俺にとって、リアはほぼ初めて接する自分より小さい存在だった。初めて会った時リアはゴードンさんの後ろで小さく震えていて、まるで生まれたての小動物のように見えた。



言葉を交わしたこともないのに、その時思った。



この子を守りたい、と。

自分より弱い存在を守るために、俺は毎日頑張っているんだと。



自信を無くしていた俺は、その想いを糧に稽古に邁進するようになった。そしていつか強くなって、自分がリアを守るんだって意気込んでいた。



今思ってみれば、それは平たく言うところの、"一目惚れ"だったんだと思う。





それから数年経ってますますリアへの想いが膨らんできていた頃、楽しく遊んでいたはずの俺の目に飛び込んできたのは、リアが王子に殴られる映像だった。スローモーションみたいにゆっくり目に入ってきた衝撃的なシーンに、一瞬体がすくんだ。


騎士としての訓練は毎日受けていた。でも実際この国はとても平和で、今まで怖いと思う場面に遭遇したことがなかった。だから誰かが誰かに、しかも大人が子供を、自分の好きな人を殴るっていう場面は、当時の俺にとって相当衝撃的な出来事だった。



俺は体をすくませたまま、なんとか顔を上げてリアの方をみた。すると殴られたせいで床に倒れたリアは、うずくまってガクガクと震えていた。


それを見てやっと自分を取り戻した俺は、王子の警備を担当する騎士の体にタックルをし続けた。よりにもよってそいつはカルカロフ家と長年ライバル関係にある、ラスウェル家の騎士団長だった。


でも俺はリアを守り切れなかった。体格差があるから仕方がないと言われればそれまでだけど、倒れているリアに何をしてあげることも出来なかった。



結局その後王様がやってきて、俺たちのことを助けてくれた。そして震えていたリアは王様が連れて行ってくれて、手当てをしてくれたみたいだった。リアが王様とどこかに行ってしまった後、メイサは謝りながらケガの手当てをしてくれた。そして何度も「よくやった」とほめてくれた。



でもよくやってなんかない。守れなかったんだから。



その出来事をきっかけに、俺はさらに稽古を頑張った。そしてそのうち兄さんにも褒めてもらえるようになって、少しはリアにふさわしい男に近づけたんではないかって、そう思っていた。





「あちらでアリア様がテムライムの騎士団長さんにお誘いを受けてるらしいわ!」



テムライム王国との会議中の警護という大きな仕事が終わってホッとしていたころ、それは突然耳に飛び込んできた。予想もしていなかった出来事だった。


周りが騒ぎ出したのを聞いてようやく最大のピンチに気が付いた俺は、慌ててリアの姿を探した。でもその頃にはすでにエバンがリアの手を取っていて、何もできずただ見つめている間に、二人は舞踏会の会場の方へと消えて行った。



――――やられた…。



リアとはいつでも会える。いつだって言いたいことを言える。

どこかでそう思っていた。油断していた。でも何も行動を起こさずにいる間にリアは他の男とダンスを踊っていて、その光景は非のつけようのないほど完璧で、見とれてしまうほど美しかった。



揺れる度光るドレスが、リアの赤く染まった頬を照らしていた。もう10年以上一緒にいるはずなのに、リアのそんな顔を見るのは初めてだった。



それから俺は、焦ってリアにアピールをすることにした。

でも昔から男ばかりの家系で育った上に、リアには憎まれ口ばかり叩いていた俺は、どうやって自分の想いを伝えればいいのか、全く分からなくなっていた。



――――わからなくてもやるしかない。



昔からたくさん叱られたせいか、ちょっとやそっとのことではへこたれない精神が出来上がっていた。リアのことを一番近くで見ている俺は、リアの気持ちがとっくの昔にエバンに向かっていることに気が付いていた。それでもあきらめる事なんて出来なくて、なんとか振り向いてもらうために頑張ろうと思った。




「リアが、結婚を決めたって…。」



それなのにアイツは、よりにもよってエバンではないやつとの結婚を決めた。リアが他のやつにとられるなんて嫌だ。でも好きでもないやつと結婚するなんて、もっと許せなかった。




「ごめんなさいね、体調が悪いみたいなの。」



いてもたってもいられなくなって、お前だけが犠牲になるなと伝えるために、家まで会いに行った。なのにリア面会を完全に断っているらしく、顔すらも見せてくれなかった。



「こんなんで…。」



本当にいいのか。

あれだけリアのことを大好きな王様も、昔からリアのことを可愛がっていたジル兄さんもリアのことを娘みたいに思ってる父さんだって、リアの決断を否定しなかった。賢いはずのウィル兄さんも、そうならないための案を出してはくれなかった。


頭が悪くたって、そうするしかないんだってことは充分に理解できる。リアは国のために決断したんだってことくらい、痛いほどわかっている。



――――でもこんなんで、本当にいいのか。



「いいわけないだろ。」



いいわけがないと思った。

この国の多くの人々が幸せになったって、リアが幸せにならないなら俺にとって何の意味もない。


だって俺はあの日、リアを守るために頑張ると決めたんだから。



リアが行ってしまってからしばらくうじうじ考えていた俺は、一人でだってルミエラスに乗り込むと意気込んで玄関に向かおうとした。



玄関に行く途中でリビングを覗くと、みんな忙しいからなかなか集まることなんてないのに、家族が全員集結していた。そして全員もれなく、暗い顔をしてうつむいていた。

正直今でも父さんは怖い。ジル兄さんだって、何を言うか分からない。


でもそれでも行くんだ。

決意を固めて言葉を発しようと思った時、おもむろにウィル兄さんが立ち上がって言った。


「迎えに、行く。」



優しいウィル兄さんがそんな風に強い言葉を発するのを初めて見た。

出遅れたと思って「俺も行く!」というと、ジル兄さんもほぼ同時に「このままでいいわけないよな!」と言った。



それから俺たちは、3人で計画を立てた。そして助けが必要な数人に声をかけると、みんな喜んで協力をしてくれた。



リアはたくさんの人に愛されているんだなと思った。




完璧な計画を立ててウィル兄さんが旅立って数日後、打ち合わせ通りの場所で立っていると、ルミエラスから来た船の上にリアが乗っているのが見えた。

一番の大役を任されたウィル兄さんは、リアの誘拐に成功したみたいだ。誘拐されたリアは船の一番前で両手を組んで、祈るようなポーズをとっていた。



――――リアを、守る。



あの日心に誓ったことを、もう一度思い出した。

誓ったはずなのに、これまでリアを守れたことなんて一度だってなかった。それにこれが誓いが果たせる最後の瞬間だって、何となくわかっていた。



「リア、早く…!」



到着したリアを、俺は兄さんから奪い取るみたいにウマスズメに乗せた。そして腰にしっかりと捕まらせた後、全速力でウマスズメを出発させた。


リアをこうやって後ろに乗せるのは初めてだった。密着したところから伝わるリアの体温がとても心地よくて、そして切なかった。



「ありがとう…っ。」



しばらくすると、リアはとても弱気な声で言った。一瞬顔をみてみると、リアの頬は痩せこけていて、見るからに元気がなさそうだった。



「お前さあ!黙って行くなよ!せめて挨拶くらいしろよ!行儀悪いぞ!」



体調は大丈夫か?一度だって守ってあげられなくてごめん。無理やりにでも止めればよかったんだ。



本当はそう言いたかった。でもやっぱり言えなかった。言ったらもっと、リアが落ち込む気がした。



すると俺の言葉を聞いたリアは、今日初めて笑顔を見せてくれた。


出来ればリアの隣で、この笑顔を守りたかった。すぐ笑う、すぐ泣く、すぐ怒るその表情の変化を、俺が一番近くで見ていたかった。


でももうそれはかなわない。そんなことは俺が一番わかっている。



それでもお前がどこかで笑っていてくれるのなら、愛する誰かに守られているのなら、俺はそれで充分なんだ。



「お前、小さい頃言ってたじゃん。」



その時、小さい頃リアの家族と一緒にご飯を食べた時のことを思い出した。

まだ子供で好きだとか結婚だとかよく分かっていないはずなのに、リアは堂々と言った。


「結婚は好きな人とするんだって、お前言っただろ!」



結婚は好きな人とするものだと、あの頃のリアははっきり言った。

たくさんの大人がいる中ではっきり言う姿がなんだかかっこよくて、見とれてしまったのをよく覚えている。



「賢いくせに、小さい頃に分かってた簡単なこと忘れんな!」



リアは賢い。賢いからこそきっと先のことが見えすぎて、自分のことが見えなくなっているんだという事は分かっている。



――――でも…。




「お前が幸せにしてなきゃ、俺だって…。」



お前を諦めきれない。

国のことを考えているリアに対して、俺は自分勝手なことを言っている。こんなことを言ったら、リアには引かれてしまうかもしれない。



でも頼むから、いつでも周りを明るくする幸せそうな笑顔で笑っていてくれ。

誰か愛する人の隣で、笑っていてくれ。



――――それが俺じゃなくたっていい。

     お前が笑っていてくれれば、

             それでいい。



「ありがとう。」



リアは俺の腰にしがみついて、かみしめるように言った。

それがなんとなく俺への別れの言葉みたいに聞こえて、少し泣きそうになった。

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