番外編 イリスのお兄ちゃん観察日記


私はイリス・ミラー。元の名を、イリス・ディミトロフという。

騎士の家系に生まれた久しぶりの女の子で、お兄ちゃんと、そして双子の妹がいる。


こうやって断言するのもどうかと思うけど、私たちのお兄ちゃんはすごくイケメンだ。その上優しくて背も高くて、騎士の訓練を日々がんばっているおかげで、すごくガタイもいい。


そのせいで昔から、お兄ちゃんと結婚しようとする女が山ほど寄ってきた。私も双子の妹のエリスもそういう悪い虫を排除しようと動いていたけど、お兄ちゃんは寄ってくる人たちに興味すら示していなかった。



「イリス。ちょっといい?」



ある日、子供を連れてパパとママに会いに行くと、お兄ちゃんがなぜかもじもじしながら私を呼んだ。珍しいなと思って呼ばれるがままにお兄ちゃんの部屋に行くと、お兄ちゃんは少し顔を赤くして「えっと…」と口ごもった。



「なに?どうした?」



そんなお兄ちゃんの姿を見るのは初めてだった。よっぽどのことがあったのかと不審な目で見ていると、お兄ちゃんはなぜか顔を赤らめたままこちらを見た。



「何か贈り物をしたくて…。一緒に、選んでほしいんだ。」

「誰に?」



贈り物をするにしても、誰に渡すか分からなかったら選べない。それにどうしてそんなこと私に相談するんだって思ってお兄ちゃんをもう一回見て見ると、照れた様子で頭をかいていた。



「もしかして、好きな人でも出来た?」



思ったことをストレートに聞いてみた。するとお兄ちゃんは驚いた顔をして「どうしてわかったの?!」と聞いた。



「いや、分かるでしょ…。」



今まで恋愛に興味のなかったお兄ちゃんを、ここまでさせる女がどんなヤツなのか真っ先に気になった。私はまだ恥ずかしそうな顔をしてもじもじしているお兄ちゃんに、「どんな子?」とストレートな質問をした。



「リオレッドの、運送王様の…娘、さんで…。」

「リオレッドの?!」



リオレッドの運送王に、賢くてキレイな娘がいるって噂はよく聞く。でもまさかお兄ちゃんが選んだ相手が他国の女だったってことに、まずは驚きを隠せなかった。




お兄ちゃんはそれから、ポツリポツリとその人の話をしてくれた。話を聞けば聞くほどその人のことを深く愛していることが伝わってきて、なんだか悔しい気持ちにもなった。悔しい気持ちを抱えながらも、無難にアクセサリーがいいのではないかとアドバイスをした。その後お兄ちゃんはアドバイス通りネックレスを買ったらしいと、お母さんが教えてくれた。




そして後日、その運送王の娘とやらがテムライムに来るという話を聞いた。お母さん曰く、お兄ちゃんは自らその人の案内役を買って出たらしい。それを聞いた私はどうしてもどんな人か確かめたくなって、エリスを誘って街に出ることにした。


私たちは街に馴染む格好に変装して、お兄ちゃんが来るであろう市場にある椅子に座った。



「イリス様?!エリス様?!」



変装をしていたつもりだったのに、着いてすぐにそのお店の店主のおじさんに気が付かれてしまった。



「「しーーーーっ!!!」」



でも私たちはそのおじさんに口止めをして、その場で二人の到着を待つことにした。



「あれって、リオレッドの…。」

「もしかしてお姫様?!」

「いや、運送王の娘さんらしい。」



しばらくすると、市場がざわざわし始めた。適度に隠れながらみんなの視線の先を見て見ると、そこには少し照れた顔で歩いているお兄ちゃんと、透き通るような白い肌をしたエルフの女の子が歩いていた。



「あれが…。」



恋愛に興味のなかったお兄ちゃんを骨抜きにした女か。


物騒なことを考えながらその子を凝視してみると、見れば見るほどみじめになりそうなくらい、すごくキレイな子だった。



「キレイな、子ね…。」

「うん…。」



さすが双子なだけあって、エリスも同じことを考えていたらしい。文句の一つでも言ってやろうと思っていたはずなのに、私たちは黙ったまま二人の姿を凝視し続けた。



すると二人は、リンダさんのお店の前で足を止めた。

三人で何かを話したと思ったら、リンダさんはトマトチヂミをその子の前に差し出した。



「い、いえ!私、お金持ってきてなくて…。」



きっとリンダさんは「食べてみて」とでも言ったんだろう。リンダさんの声はあまりよく聞こえなかったけど、その子が大きな声で否定する言葉だけは聞こえてきた。



お金って…。

そんなこと気にしなくていいのに。


その子がテムライムのために来てくれたってことは知っていた。だからトマトチヂミの一つくらいためらいなくもらえばいいのに、遠慮をして断っているのが分かった。



でもしばらくするとリンダさんの圧力に折れたみたいで、その子はトマトチヂミを受け取ってそのまま口に入れた。



「おい…しっ。」



トマトチヂミを食べた瞬間、声は聞こえなかったけど、その子の表情がそう言っていた。

本当に美味しそうにしている表情がとてもキレイで、女の私でも照れてしまうくらいだった。


ふとお兄ちゃんの顔を見てみると、お兄ちゃんは顔を赤らめて愛おしそうにその子の顔を見ていた。もう間になんて入れないじゃないかと思った。



「いい子、そうね。」

「うん…。」



ぐうの音も出なくなった私たちは、そのまま家に帰った。複雑な気持ちはちょっとはあったけど、お兄ちゃんに好きな人が出来た嬉しさみたいなのも、確かに感じていた。




あの後お兄ちゃんは、無事ネックレスを渡せたみたいだった。仕事が終わるとアリアちゃんはリオレッドに帰ってしまったみたいだったけど、お兄ちゃんは嬉しそうに文通を続けているらしい。


そんなある日のこと。

ママとティータイムをしていると、この世の終わりみたいな顔をしてお兄ちゃんが帰ってきた。



「ど、どうしたの?」



あまりの負のオーラに、ママも私もそう聞かざるを得なかった。するとお兄ちゃんはその場で頭を抱えてしゃがみこんだ。


よくよく話を聞いてみると、アリアちゃんはルミエラスの王と結婚させられるらしい。アイツに一回だけあったことがあるけど、王とは思えない気持ち悪くて最悪なやつだった。


でもアリアちゃんも結婚したいと言われたら断れなかったんだろうし、お兄ちゃんだって無理強いできなかったんだろう。

2人の気持ちを考えたらすごく複雑で、何かしてあげたくなった。かと言って私に出来る事なんてなにもなくて、ただ無気力なまま生きているお兄ちゃんを静かに見守った。



「結婚が、破談に…?!」



そしてそれから1か月くらいした後、リオレッドの王様の死のニュースと共に、アリアちゃんがルミエラスから逃亡、そして結婚が破談になったという知らせが入ってきた。多分ルミエラスのクソ王様以外はみんな「よかったね」という感想でそのニュースを聞いていて、私もまぎれもなくその一人だった。



「はぁ。」



お兄ちゃんにとっていいニュースなはずなのに、お葬式に旅立つ前、お兄ちゃんはなぜか大きなため息をついた。リオレッドの王様はお兄ちゃんにとっても尊敬する人みたいだったからよっぽどショックなのかなと思ってみたけど、どうやら原因は別にあるらしい。



「リアに、会っていいんだろうか。」



お兄ちゃんは浮かない顔をしたまま、つぶやくように言った。

この人はかっこよくていつも勇ましいのに、恋愛になるとどうしてこんなにへぼ垂れてるんだと、今度は私がため息をついた。



「ダメじゃない?」



落ち込むお兄ちゃんに追い打ちをかけるみたいにそう言った。するとお兄ちゃんは驚いた顔でこちらを見た後、「だよな」と言ってまたため息をついた。



「お兄ちゃんがそんな顔してるなら、会わない方がいいと思う。」



お兄ちゃんのことなんか無視して続けて言うと、またお兄ちゃんがこちらを向いた。私は柄にもなく曲がっているお兄ちゃんの背中を、思いっきりたたいた。



「そんな曲がった背中で会いに行くつもり?!そんなんで着いて来いなんて言えるの?!それとも、もうアリアさんのことはどうでもいいの?手放しちゃうのね?」

「そんなわけ…っ!」



お兄ちゃんはむきになって言った。その顔を見て少し安心した私は、今度はホッとしたため息をついて、お兄ちゃんの背中を押した。



「誘拐してくるくらいの気持ちで行きなよ。好きなんでしょ?アリアさんのこと。」



その言葉を聞いて、お兄ちゃんは大きくうなずいた。そしていつもの凛々しい顔に戻った後、「行ってくる!」と大きな声で言った。





それから4日ほどたった頃、私はお茶をしながらエリスにその話をした。もう何も出来ない私たちは暖かいお茶をすすりながら、まるで合わせたように何となくリオレッドの方を見た。



お兄ちゃんはまた、あのネックレスを渡せただろうか。

出来れば成功しててほしいけど、失敗したって帰ってきても、暖かく迎えてあげよう。



「お兄ちゃん、大丈夫かな。」

「さあ。振られたら慰めてあげましょ。」



同じことを考えたらしいエリスが言った。でも内心どうかうまく行ってくれと願っていたから、きっとエリスだって同じことを祈っているんだと思う。



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