番外編 エバンのリア観察日記


初めてリアに会ったあの日、一目見てその美しさに驚いた。

人はあれをきっと"一目惚れ"という言うんだろう。今まで何度女性を紹介されてもピンと来なかったはずなのに、話したこともない女性と結婚するという決意を、ひそかに固めたことを今でもはっきりと覚えている。



色々な困難を超えて、リアは僕と結婚してくれた。

国を超えて結婚をするというのがほぼ初めてのことで、戸惑いがある人もいたみたいだし、最初はリアが知らない土地で馴染めるのかと心配もしていた。


でもそんな心配をよそにリアは来てすぐに父さんと母さんとも打ち解けて、妹たちとは昔からの友達みたいに仲良くなってくれた。


リアは誰とでもすぐに仲良くなれる。そしているだけで周りの空気がとても明るくなる。


どんどんテムライムに馴染んでくれているリアを見ていると、僕のリアを好きな気持ちも日に日に増していく感じがした。




「エバン。リア様が体調を崩したらしい。」



そんなリアをテムライムに置いて遠征に行っていたある日。その知らせは突然に入ってきた。ロッタさんの言葉を聞いてこっちが体調不良で倒れそうになるのを何とかおさえながら、手渡してくれたエリスからの手紙を開いた。



"体の方は大したことはないみたい。でも心がすごく弱ってて、もう見てられないの。"



来たばかりの国に一人リアを置いてくることを、心配していないわけではなかった。自分だって寂しくて離れたくないと思った。本当に連れて行きたいくらいの気持ちだった。でもルミエラス王との間に色々あったリアを連れて行くわけにはいかなかった。

そしてリアはテムライムに馴染んでくれているから大丈夫だと、どこか過信していた自分もいた。


体の方は大したことがないというから大丈夫なのかもしれないけど、わざわざ遠征先にエリスが手紙を出してくるということは、よっぽどのことなんだろう。知ってしまった以上いてもたってもいられなくなった僕は、まだ少しゆっくりして帰る予定を早めてもらった。



「わがまま言ってすみません。」

「いや、いいんだ。リア様は俺たちにとっても大切な存在だ。」



リアは今頃何をしているんだろう。心細くて泣いていないだろうか。帰っている間考えれば考えるほど心配が止まらなくて、ジッとしていられなかった。



「エバン君。きっと大丈夫だ。」



本当はリオレッドで別れる予定だったゴードンさんも、一緒に来てもらうことにした。ゴードンさんだって心配なはずなのに、落ち着かない様子の僕に何度もそう言って励ましてくれた。騎士団長として情けなさ過ぎると思ってはいたけど、それでもやっぱり落ち着かなくて、テムライムに着くまで狭い船の上を何度も何度も往復した。



「リア…!」



テムライムに到着してすぐにウマスズメを走らせて、家に帰って一目散に部屋へと走った。もしかしたらリアは寝ているかもしれないっていうのに扉を勢いよく開けて大きな声で名前を呼んだのに、ベッドにはリアがいなかった。



「ど、どこに…。」



ベッドにはさっきまでリアが寝ていたような痕跡があって、ほんのりぬくもりも残っていた。警備の目があるからきっと外には出ていないんだろうけど、姿を見るまでは安心できなくて、それからも家中を走り回ってその姿をさがした。



「リア…?」



家中を探し回っても、リアの姿は見えなかった。探し回った後やっと書斎の存在を思い出した僕は、急いで真っ暗な書斎に向かって恐る恐る扉を開いてみた。



「エバン、さん…?」



――――い、いた…っ!



リアは書斎の床にペタリと座り込んだまま、声に反応して顔だけこちらを向けた。その体は見るからにやせ細っていて、肌が白いせいか目の下のクマもすごく目立っている気がした。




「リア…っ!」

「あ、れ…?ほん、もの…?」



抱き寄せたリアの体は、ダイレクトに骨を感じるくらいに痩せていた。力を入れて抱きしめたら壊れてしまいそうな気がしたけど、それでも力強く抱きしめずにはいられなかった。



「本物、だ…っ。」



僕の背中に手をまわして、リアはかみしめるように言った。こんなに弱っているのに近くにいられなかったことが申し訳なくて、何度も何度も謝った。



僕はすぐにリアを抱き上げて、そのまま部屋に連れて行った。リアを持ち上げたことは何度かあるけど、こんなに軽く感じるのは初めてだった。



しばらく休みを取ろう、そしてずっとリアのそばに居よう。

リアをベットに寝かせながらそんな決意を固めて、着替えるためにベッドを一旦立った。するとリアは力なく、僕の服の袖をギュっと掴んだ。



「どこ、行くの…?」



少し泣きそうな顔で、リアは言った。本当に心細かったんだということをその目で感じてしまった僕は、また申し訳ない気持ちになった。



「大丈夫。どこにも行かない。着替えてくるから、少しだけ待っててくれる?」



ずっとそばにいるから。そんな気持ちを込めて言うと、リアは「うん」とうなずいてくれた。僕は出来るだけ素早く着替えた後、リアのいる布団にもぐりこんだ。


自分の胸の中にリアを抱き寄せると、リアはギュっと僕の服を掴んだ。感じさせてしまった寂しさをできるだけ埋められるように、優しく優しく両手で包み込んだ。



「あのね。私、前世の記憶があるの。」



するとリアは、少し眠そうな声で唐突に言った。少し驚いたけどもっと話が聞きたくなって、「前世では、どんな子だったの?」と聞いてみた。



リアは一瞬驚いた顔はしていたけど、それから前世の自分ことを話してくれた。

名前はシカマナツキと言って、ナッチャンと呼ばれていたことや、とても好きな歌があったこと。前世の世界は今よりもっともっと発展していて、離れていても顔が見れる板みたいなものが存在したこと。そして前世でもリアは、物を運ぶ仕事をしていたんだってこと。



到底信じられない話ばかりだったけど、不思議とそれが嘘には思えなかった。それにリアが今まで誰にも話したことのない事を聞けたことで、リアのことをもっと深く知れた気がして嬉しかった。



話をしているうちに、リアはスッと眠ってしまった。胸から一旦リアをはがして顔を見て見ると、とても穏やかな顔をして静かに眠っていた。



寝ているリアの手は、僕の服をギュっと握ったままだった。寝ているのに手に力が入っているのが可愛そうで、その手をそっとはがして自分の手に絡めた。



「大丈夫だからね。」



大丈夫、どこにも行かない。ずっとそばにいる。



僕は今までリアを、いつも凛としたとても強い女性だと思っていた。

見た目はすごくか弱くて小さくてふわふわふわで守ってあげたいと思っているけど、でも中身の芯はスッとまっすぐ通っていて、誰よりも強いんだと思ってた。



「ごめんね。」



でもそんなことはない。リアはいつも誰かのために戦っていて、だからそれが強く見えただけなんだ。寝ているのに握られているこぶしを見ていたらなんだかそんな気がして、僕はリアの手を握ったまま自分の頬につけた。



「僕が守るから。」

「ん…っ。」



するとリアはそれに反応して、もぞもぞと動いた後またすっぽり僕の胸へとおさまった。さっきまで手を握っていた力はいつの間にか抜けていて、満足した僕は今度はリアを抱きしめた。



「ミナミデ…、さん…。」



するとリアは僕の胸の中で誰かの名前を口にした。

全く聞き覚えがない上にこの世界にない名前だから、きっと前世で出会った誰かの名前なんだろう。



「もしかして前世の…。」



もしかすると、前世で結婚でもしていたんだろうか。

さっきは秘密と言って教えてくれなかったけど、起きたらまずそれから聞かなくてはいけないな。穏やかな顔をして寝ているリアの寝顔を見て、僕はまた男らしくないことを考えた。

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