番外編 ゾルドの子どもたち観察日記


俺は昔から、男ばかりの家系で育った。

お父様もおじい様もその先祖もずっと騎士をしている家系に生まれて、兄弟もみんな男だった。だから本当に女性の扱いには慣れない。妻と出会った時だって、話しかけるだけのことにすごく時間がかかった。


情けないから誰にも言っていないけど、今だって女性のことなんてよくわからない。



「右わきが甘いぞ!」

「はいっっ!!」



それに何の縁かわからないけど、生まれた子供もみんな男だった。そして妻もアルを産んですぐ病気になって死んでしまったせいで、家には本当に女っ気がなくなってしまった。



「お前は何度言っても変な癖が抜けない。それを見抜かれたら一瞬で終わりだぞ。」

「はいっ。」



騎士として息子を育てなければいけない以上、ずっと厳しく接してきた。母親を早くなくした息子たちには甘えられる人もいなくて、苦労をかけてしまったと思う。特に三男のアルは素質も体格もピカイチだったってこともあって、つい厳しく育てすぎてしまったかもしれないと、今更になって反省する。



「父さん。今日はこれくらいで終わりましょう。」

「ああ。」



長男のジルは女性の扱いもうまくて社交的なのに対して、アルはどこか不愛想で心を開きにくい傾向がある。よりにもよってそんなところが俺に似てしまったのかと思うと、死んでしまった妻に少し申し訳ない気持ちにもなる。




「おじ様!」



そんな男臭いカルカロフ家に始めて入り込んできてくれた女の子が、リアだった。

ゴードンの後ろで小さく震えているリアを初めて見た時、息子しかいなかったせいか、同じ子供でもこんなに壊れそうで儚い存在がいるのかと驚いた。


そんなリアはいつしか、歩くだけで誰もが振り返るほど美しい女性へと成長した。リアがそこにいるだけで、周りがすごく明るくなる気がする。妻が生きている時、庭に美しく咲いている花を見て同じことを言っていた。


リアは俺にとって、花そのものだ。ジルにはわかりにくいと言われるが、よどんだ世界に生きている俺の唯一の癒しともいえる存在がリアで、今や本当の娘のように思っている。



「最近お会いできなかったから、寂しかったわ。」

「そうか。」

「今回はいつまでいられるの?ねぇ、一緒にワッフルせんべい食べに行きましょうよ!」



いつも等身大で甘えてきてくれるリアの言うことを、なんでも無条件で聞いてしまう自分がいる。甘えさせすぎるとゴードンに怒られてしまうけど、それでもお願いをされたら断ることが出来ない。



「父さんはほんと、リアに弱いね。」



それもジルには全部バレていて、いつもこんな風にからかわれる。でも俺だけじゃなくてジルだって充分リアには甘いから、人のことは言えないと思う。


今日も嬉しそうにこんな怖い顔をした俺の手を引いてくれるリアに連れられて、今までの人生で一度だって足を踏み入れる事のなかった甘味処へと向かった。






「リアが…、結婚するって…。」



リアの結婚の知らせを聞いたのは、長男からだった。ルミエラスの遠征から帰って以来、ウィルの様子がずっとおかしいことは何となく感じていたけど、まさかそんな話になっているとは思わなかった。



ルミエラスの王様がどんなやつか、俺だって知っている。リアがアイツと結婚したいと思っているとは、到底思えない。


リアは昔から他人のことばかり考えて、子どもなのに無理をしているように見えることが何度だってあった。だから今回だって国のためを思って決断したんだろうってことは、聞かなくても痛いほど分かっていた。それでもいてもたってもいられなくなって、リアに会いに行った。



なのにリアは会ってさえくれなかった。俺だけじゃなくてすべての人との面会を断っているらしく、それがリアの強い決意を表しているように思えた。



息子たちも最初はどうにかならないかと悩んでいたけど、全員リアの決意を汲んだのか、声に出してリアの結婚の話をしなくなった。でも明らかに全員表情は暗いままで、俺も胸に何か引っかかったものがずっと取れない違和感を覚えていた。



「父さん…っ!王が!」



リアが結婚する少し前、王が危篤だという知らせは突然に入ってきた。体調が悪いとは聞いていたけどそこまで悪いとは思っていなくて心底驚いた。


そしてその知らせを聞いた時、一番に浮かんできたのはリアのことだった。

王様はリアのことを昔から本当の孫のようにかわいがっていて、リアも王様にすごく懐いていた。

そんな大事な人と最後に会えなくていいのか。なんとかして、一目でも会わせてあげられないか。でも騎士王と呼ばれる自分が動けば戦争をおこしてしまうのではないか。



知らせが入ってから数日間、俺は頭を抱えていた。考えれば考えるほど何が正解か分からなくて、そんな自分が情けなかった。



「迎えに、行く。」



そんなある日のこと、最初に声をあげたのは次男のウィルだった。ウィルは昔から優しいけど気弱なところがあって、体もそんなに強くなかった。そんなウィルが一番に立ち上がって行動を始めようとしたことに、すごく驚いた。



「俺も…っ。兄さん俺も行く!」

「このままで…。いいわけないよな!」



するとアルもジルも、次々に声をあげた。親の俺が決断できずにいるのに、決意に満ちた顔で立ち上がる姿は我が息子ながらにして誇らしかった。



「父さん、止めないよね?」



何も言わずにいる俺に、ウィルが聞いた。

今まで見たこともないほどまっすぐな目をした3人を止められるはずがなくて、俺はその言葉に大きく一つうなずいた。



「ああ、止めない。やりたいようにしろ。」




後のことは、任せておけ。

今後何が起こったって、俺がお前たちを守る。そしてリアのことも、絶対に守る。



騎士の家系に生まれて誰かを守る仕事をしているのに、娘のようにかわいがっているリアを助ける決断が出来ずにいた自分がすごく情けなかった。リア一人守れないで騎士王なんて呼ばれている資格なんて、一切ないと思った。


情けない俺に対して息子たちは3人で段取りを決めて、それぞれの適した役割を立派にやってのけた。やり遂げた息子たちの背中は、本当に立派だった。





「そろそろかな。」



それから約1年が経とうとしていた頃。

俺たちは久しぶりにテムライムにやってきた。今日はリアが今度こそ愛し合った人と結婚する大切な日で、俺にも祝ってほしいと、招待状を出してくれた。



ジルが結婚するときは、もっと大きな男になれと、そういう気持ちで送り出した。でもリアが結婚するとなると、送り出す気持ちが全く違った。それはとても嬉しい事なんだけど、同時にどこかで寂しさを感じていた。



「あ、見えた!」



気持ちが落ち着かずにソワソワしていたその時、ジルがそう叫んだ。ジルの指さす方を見て見ると豪華な馬車リゼルに乗ったリアの姿が目に入ってきた。



――――キレイだ。



前王様が用意したという純白のドレスに身を包んだリアは、本当に太陽のように輝いていた。そう見えただけではなく、リアは輝くような笑顔で、祝福してくれる人たちに手を振っていた。



――――本当に、よかった。



あんなに小さかったリアが、今愛する人の隣で幸せそうな顔をしている。いるだけで周りが明るくなるような優しい女性に、そしてとても賢く、人のことを良く考えられる女性に成長してくれて、本当によかった。



自分が育てたわけでもないのに、心からそう思った。

そして初めて会った日のことを思い出すと、胸がじーんと熱くなり始めた。



「おじさま!」



近くに寄ってきたリアの口が、こちらを見てそう言った気がした。



――――本当に、おめでとう。

     どうか幸せに。



歓声で聞こえることはないだろうと思って、そんな気持ちこめて手を振った。するとリアはこちらに目線を送りながら、大きく手を振ってうなずいてみせてくれた。



「え、父さん泣いてるの?!」

「わ、ほんとだ。」

「父さんはリアが大好きだからな。」

「お前たちもだろ。」

「そう、だね。」



何もかも足りてない俺は、早くに死んでいった妻にたくさん心配をかけているのかもしれない。


でも足りていない俺を置いて、子供たちは勝手に成長してくれた。そして子どもたちの成長を何度も促してくれたのは、まぎれもなくリアだった。娘のようにかわいいリアが今度こそ本当に幸せになれるように見守ってくれよと、透き通るような青い空に向かって願った。

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