番外編 ママのリア観察日記


生まれてきたリアをはじめて見た時、この天使のような女の子がどんな女性に成長するのか、それを真っ先に想像した。


いつかママと呼んでくれる日はくるんだろうか。そしてそのうち花を愛でて、摘んできてくれるだろうか。そしていつかキレイな声で歌を歌ったり、裁縫を一緒にしたり、料理をしたりして、いつかは運命の人のところに、旅立つんだろうか。



まだ赤ちゃんなのに、想像しただけで涙が出そうになった。パパなんて私よりひどくて、涙が出そうというより結婚するときのことを想像して、泣いている時だってあった。



「ママァ、泥んこ!」



でも成長するにつれて、リアは私の想像とはかけ離れて行った。たまにお花を摘んできてくれることはあったけど、走り回っていることの方が断然多かった。ある時は外で泥遊びをするのにハマって毎日泥だらけになったり、それにある日は家から脱走してウマスズメを連れてきたりもした。


やけにパパっ子に育ったと思ったら、今度はパパの仕事を手伝いだしたりして、ついには王様に呼ばれる事にもなった。



「アシュリー。リアは本当にすごいよ。」



ゴードンさんはいつも帰ってくるたび、そう言ってリアを褒めた。確かにパパの言う通り、リアはとても賢い。それは本当にそうだと思うんだけど、リアが賢いと言って褒められる度、私はなんだか複雑な心境になった。




「行って参ります。」

「いって~きまぁす!」

「気を付けてね!」



メイサとリアがカルカロフ家で勉強をするようになってから、約1年が経った。リアは昔周りに同年代の子供がいない場所で育ったせいか友達といえる友達がいなくて、アラスター坊ちゃまが最初の友達と言える子だった。



カルカロフ家でのことを聞くと、リアはいつもアラスター様のことを悪く言っているけど、きっと嫌いではないんだと思う。今日もまんざらでもなさそうな顔をして楽しそうに出かけていく姿を見送って、いつもの家事を始めることにした。




「アシュリー!!!!」



その日の午後。

ゴードンさんが珍しく早く帰ってきたと思ったら、必死の形相をしていた。普通ではなさそうな雰囲気に驚きながら「どうしたの?」と聞くと、ゴードンさんは私の両肩を持って「落ち着いて聞いて」と言った。



「リアが…ケガをしたらしい。」

「え…っ?!?」



お勉強をしに行ってけがをしたなんて、何があったんだろう。もしかしてカルカロフ家でも、あのお転婆さを発揮してまずいことをしていないだろうか。何よりひどいけがをしているんではないか。大丈夫なのか。



一気にいろんな考えが浮かんできて、頭がいっぱいになった。

力が抜けて思わずその場に座り込もうとすると、ゴードンさんが両肩を持ったまま、私を支えてくれた。



「大丈夫。大丈夫だから。」

「でも…っ。」



ゴードンさんは私を何とかなだめて、リアがどうやら王子様にけがをさせられたらしいという話をしてくれた。大きな声では言えないけど、王様があれだけ素晴らしいお方なのに、王子はそろって王様の素質がないというのは、レルディア中で噂になっていることだ。



いてもたってもいられなくて本当は一緒に王城に行きたかったけど、ゴードンさんは私を止めた。


「王様が保護してくれているらしいから、大丈夫。落ち着いて、ここで待っててくれる?」

「う、うん…っ。」



きっと私が王城で取り乱してしまわないように、そう言ってくれているんだろう。でも落ち着いてなんていられるはずがなくて、私は二人が帰って来るまでひたすら家の前をうろうろとして待った。



何時間経ったのか分からないけど、辺りが暗くなり始めたくらいに、遠くの方にゴードンさんの姿が見えた。



「リア…っ!!!!」



私は思わず駆け寄って、ゴードンさんが抱いているリアをそのまま抱きしめた。

力なく「ママ」というリアの頬は、見るからに腫れていた。どんな理由であろうといい大人がこんなに小さい子供に怪我をさせるなんて間違っている。


私の心の中ではふつふつと、ぶつけようのない怒りが湧いてきた。



「アシュリー。リアは明日も王城に呼ばれてるんだ。早く寝かせてあげよう。」

「ええ?!王城に?!」



怒っている私の気持ちをさらに逆なでするようなことを、ゴードンさんは言った。リアを寝かせた後聞いてみると、リアはこんな状態で王様に何か進言をしたらしい。



もう呼ばれているから、今回は行くしか選択肢がない。でもこれで最後にしてもらおう。



これ以上大事な娘を傷つけるわけにはいかない。勉強もやめさせて、今度からは家事だけを教えて、すぐにでも許嫁の方を見つけよう。疲れたせいかすやすやと寝ているリアの頬を撫でて、私は固くそう誓った。





「ママァ~~~~~!」



次の日、王城に行ったリアは、前の日あんなことがあったことなんてすっかり忘れた様子で、嬉しそうな顔をして家に戻ってきた。内心また同じことがないかと心配していた私は、ホッと胸をなでおろしながらリアを抱きしめた。



「ねぇ、ママ。見て見て!」



するとリアはすぐに私から体を離して、持っていた1枚の紙を私の目の前に差し出した。



「これね、"つうこうきょかしょ"だって!」

「通行、許可書…?」



リアに言われてその紙をしっかり見て見ると、そこには王様のサインと、王城から正式に発行されたことを示すスタンプが押されていた。ヒヤヒヤしながら「それなに?」と聞いてみると、リアは嬉しそうな顔をしてにっこり笑った。



「じぃじがね!いつでもきていいよ~って!それでこれくれたの!」

「リア、お城には…。」



――――行ってほしくない。

それだけ言えばいいはずなのに、リアの顔を見ていたらなぜか言えなくなった。リアはそんな私の顔を見て不思議そうに首を傾げながらも、「ママ!」ともう一度私を呼んだ。



「これでいつでも、困ってる人を助けれるよ!」



リアの言葉を聞いて、ゴードンさんに出会った頃のことを思い出した。


当時彼は、両親の仕事を手伝っていた。でも将来の話をする時、いつも言っていた。

"いつかみんなが幸せに暮らせるようなことをしたい"と。


私は真剣に他人のことを考えられる彼のやさしさとまっすぐさに、一瞬で惹かれてしまった。



あの時のことを思い出して、思った。



なんだ。

この子、ゴードンさんに似ただけなのか。と。



リアは小さいのに、人のためとなると少し無理をしてしまうクセがある。それに子どもなのに、自分より他人のことを優先しようとすることもある。


今までは少し大人びた子だなと思っていたけど、それはどうやら勘違いで、ただ、パパに似てしまっただけだったみたいだ。



「そうね。誰かのために、なれるね。」



本気で笑って言うリアを、私はそっと抱きしめた。


あの日思い描いていたように、この子は育たないかもしれない。

でも、いいじゃないか。この子のいいところを、存分に伸ばしてあげるのが母親の仕事だ。



興奮しているリアは、私の胸の中で「ワッフルせんべいもたくさん食べられるかも!」と言った。のびのびと育ててあげるのも大事だけど、やっぱり作法もしっかり教えないとなと思い直した。



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