番外編 ジルのアル観察日記
弟は無条件にかわいい。
二番目の弟が生まれた時俺はまだ2歳だったからさすがに覚えてはないけど、成長するにつれてとても賢くて冷静なことを言いながら、それでも臆病で怖がりなウィルがすごくかわいくて、本気で守りたいと思った。
三番目の弟のアルが生まれた時なんて俺はもう8歳になっていたから、生まれてきた天使のような弟は本当に可愛くてしょうがなかった。きっとウィルだって同じ気持ちだったと思う。
「アル、違う。何度目だ。」
「はい…っ!」
ウィルは昔から体がそんなに強くなくて、一連の訓練はしたけど、お父さんが騎士になることを止めた。その代わりとても頭が良かったのもあって、ウィルは昔から王様にかわいがられていた。そしていつからか、自分からルミエラスに行って住みたいと言い出すようになった。
最初は反対していた父さんだったけど、ウィルの根気に負けて結局送り出した。ウィルは1年の予定を2年に、そして3年4年と伸ばしていって、今ではお父さんもアイツがかえることを半分あきらめている。
「今の実力では団に入れられないぞ。」
でもアルは違った。体格もすごくよくて、それに負けず嫌いだった。
だから将来俺とアルで団を守ってほしいと父さんは多分思っていて、俺よりずっと小さい頃から訓練を受けるように言った。
「やぁあっ!」
体格がいいのに、なぜかアルは覚えが悪い。
俺の指導が行き届いていないってのもあるんだろうけど、なんにせよ母親がいないせいか、甘えん坊ですぐに泣く。
「もう一回。」
「痛いよぉお…っ。」
こんな様子で本当にいつか騎士団長になれるんだろうか。今は俺がそのポジションにいるけど、いつかアルにその席を譲らなければならない。まだ9歳の弟にこんな風に期待をかけるのは申し訳ないかもしれないけど、期待している分将来が心配になって、毎日心を鬼にして厳しい訓練をするようにしている。
「ゴードンの娘が、今度王に呼ばれるらしい。」
そんなある日のこと、食事をしている時に急に父さんが言った。父さんは食事中言葉を発することも珍しいから、驚いて思わず父さんの方を見た。
「娘さんって…。まだ小さくないですか?」
「ああ。確か5歳、だったかな。」
そういえばこの間ゴードンさんに会った時、新しいアイディアを出したのは娘なんだと言っていた。まさかなと思ってはいたけど、王に呼ばれるってことは本当なのか。
5歳にして聡明な娘さんがいるなんて、すごくうらやましい気持ちになった。
「会ってみたいね、アル。そんなに賢い子なんて。」
「は、はい…。」
5歳でしかもマールンの身分でありながら、王に呼ばれるなんてどんな子なんだろう。純粋に興味があった俺がそう言うと、アルもまんざらでもない顔をして返事をした。
「お前も見習え。訓練ももちろんだが、勉強の方がまだまだだそうだな。また家庭教師がやめたいと言ってきたぞ。」
アルは俺にはよく甘えているけど、他人への甘え方や接し方がよく分かっていない。言いたい放題わがままを言うせいで家庭教師は今まで何人もやめてしまっていて、勉強の方は武道よりさっぱり出来ないらしい。
「学問の上に武道があるんだ。それを心得ろ。」
父さんだってアルのことが一番かわいいはずなのに、不器用な人だ。
それに気が付いていないアルは体をこわばらせて「はい」と返事をしていて、それがすごくかわいそうにも思えた。
☆
「今日は隣町まで訓練に行く。アルもどうせ暇ならついてこい。」
"見て学べ"と素直に言えばいいのに、父さんはそう言ってアルを団の訓練に連れ出した。アルは少しワクワクした顔をしてついてきて、訓練も真剣に眺めていた。
「アルもいつか、あの中に入るんだ。」
「うん…っ。」
出来が悪いとはいえ、俺にとっては無条件にかわいい弟だ。そんな輝いた目を見ていたら根気よく指導してあげなければと、自分の考えを改めた。
「帰るぞ。」
1日訓練をしてへとへとになった俺たちは、
団員の見本になるべく正しい姿勢で歩いていると、王城に入ってすぐというところで、父さんが急に足を止めた。
「お久しぶりです、ゾルド様。」
何があったのだと覗いてみると、王様の執事のミアさんとゴードンさんが敬礼をして立っているのが見えた。そしてゴードンさんは姿勢を崩した後おんぶしていた娘さんを、優しく地面へとおろした。
「娘の、アリアです。」
眠そうな顔をして無理やり前に出されたアリアちゃんは、本当に天使のようにかわいかった。噂には聞いていたけど、白い肌と金色の髪がまるで輝いているようにすら見た。そんな天使が小さいのに礼儀正しく作法をする姿に、多分俺だけじゃなくて団員全ての顔がほころんでいるのが分かった。
「王に、呼ばれたと聞いている。」
「はい。先ほどまでお伺いしておりました。」
父さんはいつもの怖い声でそう言った。多分みんなには分からないと思うけど、父さんの顔がいつもより緩くなっていた。でも慣れていないアリアちゃんは父さんの顔がよっぽど怖かったのか、ゴードンさんの足の後ろに隠れてしまった。
「おい、アル。ご挨拶。」
すると父さんは、団員を呼ぶようなビシッとした声でアルを呼んだ。その声で体をこわばらせたアルは、カチカチになりながら挨拶をした。
二人とも不器用だな。
本当はお互い距離感が分からないだけのはずなのに。
そう思ってアルの顔を見てみると、頬は明らかに赤く染まっているのがわかった。それに緊張しているはずなのに、その目はしっかりとアリアちゃんの方を見つめていた。
――――初恋、か。
その気持ちが恋心なのか照れなのか、その時点では判断できなかった。でもこの間生まれたと思っていた弟が、可愛い女の子に頬を赤らめている姿に、感動すら覚えている自分がいた。
――――ブラコンだな、俺も。
可愛い弟を見ていたら、一肌脱ぎたくなった。それに父さんだってアリアちゃんと話してみたいって思っているくせに怖い顔をずっとしているから、アリアちゃんはゴードンさんの後ろでまだ少し震えていた。
―――もう。男だらけの家系はこれだからいやだ。
「お父様。」
愛する二人のために、もうひと仕事するか。
俺は震えるほど疲れている足を何とか前に進めて、アリアちゃんの方へと進んだ。震えながらもこちらを見ている天使の目を見ていたら、この子がこれからカルカロフ家に何か大きな影響を及ぼしてくれるような、根拠のない予感がする気がした。
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