第40話 私が頑張るから!


ジルにぃに呼ばれたレオンさんは、立っている場所から一歩出た。ジルにぃは私を抱っこしたまま立ち上がって、レオンさんの方に近づいて行った。



「お前は、どうなんだ。」



いやだからさ。お兄さんストレートすぎますって。


信頼はおいていたけど、この人18歳男性だった。うまくなんて出来るはずないじゃない。


それをようやく思いだしたアラサーおばさんの私は、そこでやっとあたふたと焦り始めた。でも焦っても状況が変わるわけでもない。とりあえずジルにぃの首にしっかりしがみついて、レオンさんの言葉に耳を傾けることにした。



「わ、私は…。」



私は…?なに?なんなの?



「あの…っ。」



しゃっきりしないさいっっ!!!



「メイサさんを…お慕い、申し上げております…。」

「なんて?」



小さい声で言ったレオンさんに、食い気味でジルにぃが聞き直した。鬼畜過ぎて私の背筋が凍りかけたけど、レオンさんはその言葉でシャキッとした顔をして、メイサの方を見た。



「メイサさんが、好きです!!!!」

「きゃあっ!」



キュンとして、思わず両手で顔を覆った。これじゃあババアなのがばれてしまうっておもったけど、誰も私に注目してなかったのでそんなことはどうでもいい。



レオンさんの一世一代の告白を聞いて、メイサは爆発しそうなほど顔を赤らめた。



「あ、あの…。すみません。私は…。」



メイサは赤い顔をして、絞り出すように小さな声を発した。



「ゴードン様とアシュリー様に、拾ってもらった身です。あの日、サンチェス家に一生お仕えすると、決めたんです。」



そう言えばメイサに、生い立ちを聞いたことがなかった。"拾ってもらった"と聞いて初めて、そんな経緯があったのかと思い知った。



「メイサ…。そんなこと…。」



気にしなくていいと、パパはきっと言おうとした。でもパパが何か言う前に、メイサは首を横に振った。



「いいえ、お仕えさせてください。あの日拾ってもらわなかったら、私はきっと今でも一人でした。サンチェス家にお仕えさせていただいて、アリア様ともであえて、私は本当に幸せなんです。」



メイサはそう言ったけど、目はうつむいたままだった。

その言葉を聞いて、私は思わず「メイサ…」と小さく口にしていた。するとそれを聞いていたジルにぃは、私をそっと床におろしてくれた。



私はそのままメイサの方に寄っていって、ギュッと両手を握った。するとメイサは私の目を見て、暖かい目で笑った。でもその目の奥がどこか悲しそうな気がして、私は唇をグッとかみしめた。



「メイサ、大丈夫だから。」



どんな世界でだって、好きな人と一緒にいられない人生なんておかしいに決まってる。ずっと恋することもなく、誰かに仕え続けるなんて、そんなのおかしいに決まってる。



大丈夫、私がなんとかしてあげる。



決意をこめて、私はママとパパのところに歩いて行った。



「ねぇ、パパ。リアね、いい子でしょ?」

「そ、そうだね。」



いきなり何を言い出すんだと、パパは動揺していた。それでも私は目をそらさず、パパの目をジッと見つめた。



「でもね、もっとお手伝いして、いい子になる。お料理もするし、お掃除もする。」

「リ、リア…?」

「メイサの代わりに、リアがメイサのお仕事する。また頑張って、パパや王様のじぃじのためになる。」




パパもママも、私の手を知らないうちに握っていた。それがすごく心強くて、そしてとても暖かかった。



「だからね、メイサは、好きな人と一緒に暮らすの。」



きっと身分の壁もあるんだろう。

だからこれからだってメイサは苦労するのかもしれない。


でもせめて、スタート地点に立たせてあげないと何も始まらない。メイサはそこに立つことすら怖がっているみたいだけど、そんなの絶対に間違っている。



「ね、パパ。お願い。」

「リア、お前…っ。」



パパはそう言って私を抱きしめてくれた。パパの肩越しからメイサの方を見てみると、メイサは両目から大粒の涙を流していて、それが輝いて見えてすごくキレイだった。



「メイサ。」

「はい。」



するとパパは私を体から離してメイサを呼んだ。そしてそのまま立ち上がって、メイサの前に立った。



「いつかこんな日が、来ると思ってた。」

「え…?」

「確かに俺たちはあの日お前を拾った。でも何も、一生仕えてほしいなんて、そんなこと思ったことはない。」

「旦那、様…。」



メイサはさらに大きな目からキレイな涙をいっぱい流した。パパはその涙をそっと手ですくって、メイサの両肩を持った。



「お前は、俺たちの子だ。遠慮なんてしなくていい。自分の心のままに、自分の人生を生きてほしい。」

「でも…っ。」



メイサはもう顔をぐちゃぐちゃにして泣いていた。するとパパはそんなメイサを抱きしめて、「大丈夫」と言った。




「ゾルド様。」


パパは一旦メイサを体から離して、おじさんを呼んだ。おじさんは相変わらず怖い顔をしていたけど、それにはもう慣れてしまった自分がいた。



「ご承知の通り、メイサはとても優しく賢い娘です。どうか二人の結婚を、許可していただけないでしょうか。」



パパは話を少し飛躍させながら、おじさんに言った。するとおじさんは少し固まった後、「うん」と言った。



「許可もなにも…レオンはただの部下だ。俺は親でも何でもないから、反対する理由なんてないだろう。」

「ありがとうございます。」



パパはおじさんに深く頭を下げて、またメイサの方を見た。そしてメイサに視線を合わせるようにして腰を折って、「メイサ」と名前を優しく呼んだ。



「あの青年のこと、好き、なんだな。」

「…はいっ。」



きゃああっ!!!!

またおばさんの私が出てきてキュンキュンしていたけど、今度は心の中で声をとどめることが出来た。

それを聞いてパパはメイサをレオンさんの目の前に連れて行って、「レオン君」と言った。



「メイサのこと、よろしくお願いします。」

「はいっ。」



メイサとレオンさんはお互い目を合わせてうつむいた。


こんなきれいな恋、久しぶりに見たな。

あっちの社会で暮らしていた時、こんな恋模様を見たことがあっただろうか。文明も文化も未発達だからこそ見れるこの純粋過ぎる光景が尊くて、私の気持ちは何か暖かいもので満たされていくような感覚がしていた。



「あ、あれ…。」



すごく嬉しい。

小さい頃からお世話してくれたメイサが好きな人と暮らせる。すごく嬉しくて素敵なことだって分かってるのに、なぜか私の胸は知らないうちにズキズキと痛んでいた。




「リア、様…。」

「メイサ、よかったね…っ。」



メイサは、私の前に来てしゃがんだ。

私はメイサの幸せを「よかったね」と言って喜ぶはずだったのに、知らないうちに目からは涙があふれてとまらなくなっていた。



「メイサ、好きな人…っと、一緒。うれしい、ねっ。」

「リア様…っ。」



言葉とは反対に泣き続けている私を、メイサはギュっと抱き締めた。


「リア、いい子…だからっ。」

「いいんだよ。」



いい子だから、大丈夫。

そう言おうとすると、パパが悲しそうに笑って私の頭に手を置いた。それで私の涙腺はついに崩壊して、今度は声をあげて泣き始めてしまった。



「メイサぁ…っ、ずっと、一緒が良かったぁ…っ。」



そうか、私、寂しいんだ。

この世界に生まれ変わってそれからずっと、メイサはそばにいてくれた。悲しいときも寂しい時も、嬉しい時も楽しい時も、ずっと。



心細かった、この世界でずっと一人な気がしていた。

向こうのお母さんに会いたくてたまらなくなった夜だって、何度もあった。孤独に押しつぶされそうになった日も、数えきれないくらいあった。

でもどんな日だってメイサがそばにいてくれたから、泣かないでいられた。



そんなメイサが幸せに暮らせる。好きな人と、一緒に居られる。

それは絶対に嬉しい事なんだけど、どこかで寂しいと思っていた自分を、5歳の涙腺は隠し切れなかった。




「リア、様…っ。」

「メイサ、大好き…っ。」



私たちは周りを気にすることもなく、お互い抱き合って泣き続けた。悲しさと寂しさで訳が分からなくなった涙腺は、いつまでも止まりそうになかった。

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