第19話 切っても切れない四字熟語


「なかなか下がらないですね…。」



それから数日たっても、熱は下がらなかった。

私は本当に寝て少しだけご飯を食べるだけの生活を送っていて、このままでは死んでしまうんではないかって自分で思うほど、体力も気力も失われていた。



「リア様、何か食べたいものはありますか?」



私が弱っていくにつれて、ティーナもなんだか弱っていっているように見えた。それがすごく申し訳なく感じられたけど、かといって強がる元気すら、今の私にはない。



アイスカレー、食べたいな。」



最近は何となく胃腸の調子も悪いし、動いてもないから食欲もそんなにわかない。だから本当は食べたいものなんてないんだけど、冷たいアイスなら食べられそうだって思った。



「かしこまりました。買ってきますね。」



久しぶりに私からリクエストを受けたのが嬉しかったのか、ティーナは目を輝かせて言った。ティーナの元気な顔を見ていたら私も元気になってくる気がして、「ありがとう」と笑顔で答えた。






その夜。やっぱりあまり深く眠れなくて、深夜に目が覚めてしまった。

ふと窓の方を見てみると、とてもキレイな月明りが、まぶしいくらいに差し込んでいた。いつもなら二度寝するところなんだけど、私はひきつけられるようにベッドから起きて、窓の方へと向かった。



「キレイ…。」



ルミエラスに行った時、自分の心の状態で見える景色が変わるって知ったから、もしかしてくすんで見えたらどうしようと心配していた。でも目に入ってきた月はキラキラと輝いて見えて、心はすさんでないってことに安心した。




「はぁ…。」



何で私こんな病んでんだろ。

ティーナにもレイラさんにもイリス・エリスにも心配かけて。

寂しい寂しいってウサギか。

月に帰ってやろうか。



久しぶりに自分自身にツッコミを入れながら、もう一回ため息をついた。

このままでは寝られそうにないって思った私は、体を冷やさないように軽い上着を羽織って、久しぶりに書斎に行ってみることにした。




書斎は地下にあるけど、天井の近くには小さな窓が付いている。相変わらず薄暗くはあるけど、書斎にも部屋と同じように月明りが差し込んでいた。そのおかげで書斎が、いつも以上に幻想的な空間に見えた。



「どこまで読んだっけ。」



久しぶりに来たせいで、どこまで本を読んだのかすっかり忘れてしまった。私は所狭しと並んでいる本の背表紙を左手で撫でながら、どの本を手に取ろうかぼんやりと考えた。



「ん…?」



すると本と本の間に、小さなノートのようなものがはさまれているのが目についた。本しか並んでないと思っていたのに、そのノートだけはなぜか「手に取って」と言わんばかりに、そこに置いてあった。



私はひきつけられるように自然と、そのノートを手に取った。




「これ…。」




"この文字が読める誰かへ


私はここでの名はオーランド・ディミトロフ。

元は浅田健司という人間だった"



手に取ったノートを開いてみると、そこには"日本語"が書かれていた。

そしてそこに書かれていたのは、紛れもなくエバンさんのおじいさんからの手紙だった。私はその場に立ち尽くしたまま、食い入るようにその文字を見つめた。



"ある日突然、私はこの世界に来ることになった。

戸惑い苦しみ、おいてきた家族を思うと、毎日寂しくて寝れなかった。"



同じだ。

私もこの世界に来た時はいつも一人な気がしていた。誰にも本音を話せないと、そう思った日もあった。



"でもこの世界もとても素晴らしかった。

人は暖かく、ご飯も美味しい。前と同じく愛に溢れていて、かけがえのない世界だった。"


本当にその通りだと思う。

それに私はこの世界に来てからの方が、素晴らしい愛を何度だって感じることが出来ている気がする。



"孤独を感じた時、思い出してほしい。

こんな不思議な経験をしているのが、君だけじゃないってこと。

それに今の君だって、きっと誰かにすごく愛された存在だという事を。"



そうだった。私だけじゃなかったんだった。

書斎に始めてきたあの日、私以外にも転生していた人がいたという事を知った。それだけで少し気持ちは楽になっていたけど、実際に同じ気持ちを抱えていたと知ると、もっと気持ちが軽くなっていった。



"想像するとワクワクする。

もしかしてこのノートを手に取って、この文字を読んでいる君は、私の家族なんだろうか。"



そうです。私はあなたの孫の、妻になりました。

出来ればあなたと生きて、会いたかった。



"もしそうだとしたらすごく嬉しい。

見つけてくれて、ありがとう。

ここにたどり着いてくれて、ありがとう。"



こちらこそ、ありがとうございます。

手紙を残してくれて、本当にありがとう。



"もしそうじゃないとしても、私の家族のこと、よろしく頼みます。

勝手なお願いを許してほしい。"



もちろんです。

あなたの家族に私は、返しきれないほどの愛をもらっています。全然勝手なんかじゃないです。



"因果応報。

いつか私が誰かに施した何かが、君や私の家族に、かえりますように。

浅田健司"



"因果応報"。

それは私が20年ぶりに聞いた四字熟語だった。

でもその考え方は私がじぃじから、何度だって教えてもらったことだった。



全てを読み終わった私の体からはすっかり力が抜けて、そのままペタリと床に座った。手紙を読んだことでやっと冷静になった私は、いつの間にかリオレッドへのホームシックを転生前のホームシックに重ねてしまっていたことに気が付いた。


重ねたせいで寂しさはもっと加速していたはずなのに、その手紙ですごく楽になっていく感じがした。



一人じゃないと気が付けることが、こんなに心強いのか。

浅田健司さんがどんな気持ちでこれを書いたのかは今になっては分からない。でも私を救ってくれたこの1冊のノートがすごく愛おしくなって、床に座り込んだままノートをギュっと胸の前で抱きしめた。

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