第13話 もしかしてこれって…


次の日もまたその次の日も、エバンさんを見送った後すぐに私は書斎にやってきた。

毎日時間だけは余っていたから、読むのにどのくらい時間がかかるんだろうと思っていた歴史の本も、思っていたよりもすぐに読み終わってしまった。それでもまだまだ読むものはたくさんあったから、私は次々と先を読み進めた。



「ふ~ん。昔はルミエラスとも交流があったんだ…。」



"テムライムのなりたち7"には、昔ルミエラスやリオレッドとも交流があった様子が書かれていた。今から約50年くらい前の話みたいだけど、その頃は船での往復も割と盛んにおこなわれてたらしい。



「後にリオレッドとの戦争が起こりテムライムは"サコクセイサク"を取った。だって。」



この"戦争"ってのが、ゾルドおじさんが行ってたっていうアレか。

今はすごく関係のいい2国が戦争していたなんて、本を読んでも信じ切れない自分がいた。



「それにサコクセイサクって…。日本と同じ政策だな。」



日本が昔どうして鎖国に踏み入ったかはもはや思い出せなかったけど、同じ道をたどっているってだけでなんだか親近感がわいた。

歴史は繰り返すとよく聞くけど、他の世界でもそれが通用するんだってことが、すごく面白くて新鮮だった。



そして読み進めると、こんなことが書かれていた。



"のちにリオレッド45代目王・カイゼルが入国し、テムライム34代目王であるアーノルド王と国交を結ぶ。"



「あ。ここでじぃじが登場した。」



歴史の本を読んでいるはずなのに、自分の知っている人が登場したことが不思議だった。そしてきっとこの"アーノルド王"ってのが今の王様のお父様で、じぃじと仲が良かったという方だなと思った。



「なるほどな~。」



面白くてつい何時間も本を読んでしまったことに、ようやくそこで気が付いた。目が疲れたしそろそろお腹がすいたと思って一旦本を閉じようとすると、本の隙間から1枚の紙が落ちてきた。



「なにこれ。」



最初はページのどこかを破ってしまったのかと思って焦った。でも落ちた紙は本の紙よりもすごく日に焼けていて、切れ端ではないように見えた。



もしかしたらおじい様の大事な遺品になるのかもしれない。私は破らないように慎重に、その古びた紙を拾ってみた。



「え…?」



紙を手に取ってみると、そこにはいくつかの文字が書かれていた。ただの文字ならなんとも思わずエバンさんに渡したんだろうけど、そこに書かれていたのは、前世の世界ではすごく見慣れていたはずの"漢字"だった。



「なに、これ…。」



この世界の文字は、アラビア文字と象形文字の間みたいなグネグネした絵みたいな文字で、言葉は理解できても読み書きにはすごく苦労した。



「これ、どうみても…。」



でもそこにはどう見ても、"鎖国"という漢字が書かれていた。

前まではいやというほど毎日見ていた漢字を久しぶりに目にして、懐かしさに涙があふれそうになった。




「鎖国、開国…。文明開化…?」



そして紙には鎖国だけじゃなくて、"開国"という漢字や"文明開化"という漢字も書かれていた。どうしてこんな文字が書かれているのか分からなくて、私はしばらくジッとそのメモを見つめ続けた。



コンコンコンッ



その時入口の方から、ドアをノックする音が聞こえた。

驚いて肩を震わせながらドアの方を見ると、そこにはエバンさんが笑顔で立っていた。




「あれ。ノックしても驚かれちゃうか。」



私が大げさに驚いたのが面白かったのか、エバンさんはクスクスと笑った。でも本当は別のことに驚いたまま訳が分からなくなっている私は、しっかりとした反応が返せなかった。



「どうした?」



そんな私を見て、エバンさんが心配そうに聞いた。

私はようやく気を取り直して、「なんでもないの」と言った。




「なにそれ。」



するとエバンさんが、手に持っている私のメモを覗き込んだ。

私は反射的になぜかそれを隠そうとしてみたけど、エバンさんは私の手を素早く止めた。



「ああ、これ。おじい様の字だ。」



するとエバンさんは何の疑いもなく言った。

驚いたまま彼の顔を見ていると、「変だよね」と言ってエバンさんは笑った。



「時々誰にも読めない字を書いたんだ。僕も不思議に思って何度も"どうして?"って聞いたけど、おじい様はいつも"字が汚くて読めないだけ"って言って笑ってた。」



字は汚くない。私から見ればむしろ達筆で、とてもきれいな"漢字"だ。

私はその言葉でさらに驚いて、エバンさんの方を向いた。



「あ、あのね…っ、この"サコクセイサク"って…。」



自分の中に浮かんできた一つの考えを確かなものにするため、湧いてくる感情を抑えながら聞いた。するとエバンさんは少し不思議な顔をしながらも、「ああ」と言った。



「おじい様が当時の王様に提案したんだって。一旦距離を置こうって。」



やっぱり、間違いない。

その言葉で私はすべてを確信した。


心の中からは不思議な感情が湧き出てきて、なぜだか泣きそうになった。



「もしかして、おじい様ってあだ名か何かがあった?」

「どうして知ってるの?」



エバンさんはすごく驚いた顔をして、私を見た。私は涙が出そうになるのをなんとか抑えながら、「なんとなく」と言った。



「おじい様は名前がオーランドって言ったんだけどね。自分のことは"ケンジ"って呼んでくれってよく言ってたらしいんだ。」



私はメモに書かれている"浅田健司"という名前を、指でそっとなぞった。


エバンさんのおじいさんは間違いなく、私と同じ"日本"から、この世界に転生してきた人だ。



私は20年間この世界に住んできて、もはやこっちの世界が自分の元の世界だと思えるほどに馴染んだ。でもやっぱりどこかでルーツは"日本"にあると思っているし、今だって日本のお母さんやお父さんのことを思い出すことが、たまにある。



その感情が誰とも分かち合えなくて孤独だって感じる夜は何度もあったけど、私以外にも誰かがここに転生してきたんだって知れただけで、すごく心が暖かくなった。

それと同時に"健司さん"が、エバンさんのおじいさんだってことに、なにか深い縁みたいなものを感じてしまった。



「エバンさん…っ。」



なんだかすごく嬉しくなって、私はエバンさんに飛びつくみたいに抱き着いた。最初は「どうした?」と言っていたエバンさんだったけど、そのうち私をギュっと抱き締めてくれた。


私は心の中でそっと、"浅田健司さん、本当にありがとうございました"と、鹿間菜月を取り戻してお礼を言っておいた。

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