第10話 怠惰な生活って退屈ですね


あの日からしばらくは、お祭りムードが続いた。

でもそれも1週間もすると落ち着いて、テムライムは日常の姿を取り戻した。パパやママ、メイサやカルカロフ家のみんなとまたしばらく会えなくなるのはやっぱりすごく寂しかった。お別れの時は一緒に帰ってしまおうかとすら思ったのに、1か月も経たないうちに、私は徐々にこちらでの生活を"日常"だと認識し始めた。

私は自分が自分自身で思っているよりも、適応能力が高い人間らしい。




「暇だな。」



リオレッドにいた頃は、ほぼ毎日パパの仕事の手伝いや、国の仕事の手伝いをしていた。でもテムライムに来ていきなり「何か仕事させてくださ~い!」っていうわけにもいかない私は、ただただ散歩をしたり庭でお茶をしたりする怠惰な毎日を過ごしていた。



「これまでが働きすぎだったんです。」



ティーナは自分だって働いているくせに、今日も美味しいお茶を淹れながらそう言った。



「みんな毎日何して過ごすの?ここじゃ家事だって手伝わせてもらえないじゃない。」

「健康で笑顔に過ごすことが、リア様の今のお仕事です。」



ティーナは私にティーカップを差し出しながら、笑顔で言った。そんなつまらねぇ仕事なんかあるかと心の中で思ってはみたものの、だからと言ってすることが見つかるわけではない。私は大人しくティーナのいう事を聞いて、美味しいお茶を丁寧にすすった。



「お姉さま!」



するとその時、向こうの方から元気な声が聞こえた。

あまりにも大きな声だったから驚いて声の聞こえた方を見ると、そこには大きく手を振りながらこちらに走ってくる一人の女の子の姿があった。



「イリスさん!」



元気に手を振りながら走ってきたのは、エバンさんの双子の妹の内の一人であるイリスだった。妹とはいえ私より2つ年は上で、とっくの昔に嫁に行っている。



「いやだ、お姉さま。イリスでいいって言ってるじゃありませんか。」

「イリスさんだって。お姉さまなんて呼び方やめてください。私の方が年下なのに…。」



私たちはお互い見つめ合って、「ふふ」っと笑った。

テムライムに来てまだ間もないのに、イリスとその双子の妹のエリスとは、すっかりと打ち解けてしまった。エバンさんは二人ともわがままなんて言っていたけど、全くそんなことはなくて、明るくて元気ないい子たちだ。



「リア~ッ!一緒にあしょぼ?」

「サーシャ!リア姉ちゃんでしょ?」

「いいのいいの。その方が私も嬉しい。」



この子はイリスの娘のサーシャ。4歳になる可愛らしい女の子で、エバンさんだけじゃなくて私にもよくなついてくれている。そしてイリスは胸にその妹のシェイラを抱えていて、たまにこうやって実家に遊びに来てくれる。



「何して遊ぶ?」

「えっと、えっとね…っ。」



こうやってたまに誰かが来てくれることだけが、今の暇の私にとっての喜びだった。今日も嬉しくなってワクワクしながら答えると、サーシャは少し悩んだ後「わかった!」と大きな声で言った。



「サーシャ、リアと絵本が読みたいっ!」



サーシャはとても本が好きな子で、いつも私がリオレッドから持ってきた本を読みたいという。私も本は好きだからいつも一緒に楽しく読むんだけど、いつも繰り返し読んでいるせいで、私が持ってきた本のネタも最近尽きてきた。



「また同じ話になっちゃうけど…ごめんね。」



最近サーシャに「また?!」とか言われることも増えてしまったから、先に断りをいれてみた。すると案の定不服な様子で「え~?!」と言われてしまったから、そろそろ本を買いに行かないとなと思った。



「書斎に行ってみたら?」



頭を抱えている私に、イリスが言った。「書斎?」と聞き返してみると、イリスは驚いた顔で「知らないの?!」と言った。



「う、うん…。」



イリスがすごい勢いでいうから、私も驚いて思わず一歩後ろに引いてしまった。するとイリスは大げさに「はぁ」と、大きなため息をついた。



「お兄ちゃんって、結構大事なところぬけてんだよね。」



確かに。


思い返してみれば何度か、私もそう感じたことがあった。あえて言葉にはしなかったけど心の中で同意していると、イリスは「あのね」と言って話を続けた。



「地下に書斎があるの。そこに行けばきっと、あと10年は退屈しないで済むよ。」



「私は本は好きじゃないけどね」と付け足して、イリスは言った。

書斎どころか地下室の存在すら知らなかった私は、「そうなの?!」と大きな声で返事をした。



「うん。ついてきて。サーシャ、おいで。」



イリスはそう言って、慣れた様子で家の中へと入って行った。

10年も退屈しないくらいの書斎ってどんなのなんだろうと、私も心を躍らせながらイリスの後を追った。




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