第7話 キス、そして逃亡、そして失敗
「それでは参りましょう。」
しばらくして私たちは、宰相さんに呼び出された。
この後は王様たちに挨拶に行った後、街中をパレードで回ることになっている。プロ野球の優勝パレードじゃないんだからって思ったけど、みんなにパアッとお披露目っていうのも、この国の明るい国民性らしいとも思う。
「失礼いたします。」
いつも大事な時に見ていたのはパパの背中だった。でも今日私の目に映っているのは、エバンさんの背中だ。私たちはこれからこうやって、家族になっていく。
ここまで来てもちゃんと実感は出来ていないんだけど、たくましい背中について行けることがすごく嬉しくて、私は弾んだ気持ちで彼を追った。
「リア…っ!」
部屋に入るや否や、王妃様がこちらに寄ってきた。そして私の両手を取って、にっこりと笑った。
「すごくキレイ…っ!本当に天使みたいだわっ!」
両手をブンブンと振り回しながら、王妃様は言った。それがなんだか楽しくて嬉しくて、思わず「ふふ」と声に出して笑ってしまった。
「リア。本当に美しいよ。」
テムライム王は穏やかに笑ってそう言ってくれた。今日から本格的に、この人が私の"王様"だ。
「改めて言おう。テムライム王国へようこそ。」
「ありがとうございます。」
丁寧に言ってくれた王に、私も丁寧にお礼を言った。
「微力ながら、テムライム王国の発展に尽力させていただきます。」
「結婚の挨拶なのに…。まるで仕事をしに来たみたいなことを言うね。」
王様に言われて初めて「確かに」って思った。
ずっとこうやって生きてきたからしょうがないんだけど、私もすっかり仕事人間になってしまったみたいだ。
「でもお言葉に甘えて色々と相談させてもらうよ。」
「はい、喜んで。」
「王様。あまり家から出してもらっては困ります。」
勝手に話を進めていた私たちに、エバンさんが膨れた顔で言った。
拗ねているエバンさんが可愛くて思わず笑ってしまうと、王様も王妃様も楽しそうに笑っていた。
「ごめんごめん。」
「エバンは本当にリアのことが大好きなのね。」
二人の言葉を聞いて、エバンさんは照れた顔になった。
でもその照れた顔のまま「そうです」なんてストレートに答えるもんだから、私まで恥ずかしくなってしまった。
「さあ今日は何もかも忘れて、思う存分国民に祝福されてくれ。みんな待ちくたびれてるよ。」
「ありがとうございます。行ってまいります。」
二人に見送られた後、私たちはパレードのために用意された馬車の方へと向かった。
私とエバンさんを乗せる馬車はみんなに私たちの顔が見えるように少し高い椅子がついている造りになっていて、荷台はリボンや花でキレイに装飾されていた。
「今日のために、特別に作ってくれたんだって。」
それを見て驚いている私に、エバンさんは言った。こんな派手な馬車で街中を回ると思ったら余計恥ずかしくなってきて、やっぱり国に帰ろうかと思った。
「さあ、どうぞ。」
私がそんなことを考えているなんて知らずに、エバンさんは先に馬車に乗った後、私に手を差し伸べた。遠慮がちにその手を握ると、エバンさんは軽々と私を馬車の椅子まで引き上げた。
「行こう。楽しみだ。」
「はぁ…。緊張する…。」
私たちは同時に、真逆のセリフを言った。
同時に言葉を発したことに驚いて、お互いに目を見合ってクスクスと笑い合った。
「リア。」
「はい。」
そしてエバンさんは目を合わせたまま、愛おしそうに私の名前を呼んだ。いつ見たってキレイな彼の燃える瞳から、私も目が離せなくなった。
「愛してる。」
そしてしっかりと目を見たまま、エバンさんは言った。
"愛してる"なんて言葉と縁がない世界で生きてきた私だけど、その言葉はすごく自然に、私の胸に届いてきた。
「私も、愛しています。」
この人を、愛している。どこまでも、深く。
これからは誰よりもこの人のために生きたいと思った。この人が笑顔でいてくれるなら何もいらないと、本気でそう思った。
馬車を運転してくれる運転手さんとか周りにいる警護の人たちもみんな無視して、私たちはどちらともなく近づき合って、ゆっくりとキスをした。エバンさんの唇の温度で私の唇が解けてしまわないか心配になるくらい、熱くてとろけそうなキスだった。
「「きゃああああ~~~!!!」」
するとその時、馬車の前の方から大きな黄色い悲鳴が聞こえた。
ものすごく、嫌な予感がした。
本当はずっと目をつぶったままでいたい気持ちを何とかおさえて、私達は唇を離してゆっくりと前を見た。すると目の前の扉はいつの間にか全開になっていて、どうやら私たちのキスは、集まった観衆の皆さんにばっちり目撃されていたみたいだった。
「い、いや…っ。逃げる!」
「ちょ、リア。危ない!」
恥ずかしさに死にたくなって、馬車から降りようと思った。
でも腰がエバンさんにがっちりと掴まれていて、全く身動きが取れなかった。
――――覚悟を決めるのよ。リア。
もう逃げられないんだから。
私はそこでようやく覚悟を決めて、仮面をかぶった。そしてまだ黄色い声援をあげているテムライムの人たちに、にこやかに手を振って見せることにした。
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