第5話 じぃじの想い


とはいえ私たちはまだ正式に結婚したわけではなかった。

王様たちが言っていた結婚披露パーティーみたいなものが行われた後、初めて結婚したってことになるらしい。


だからそれまでは離れて寝た方がいいだろうって話になって、しばらくエバンさんには、別の部屋で寝てもらうことになった。



「リア様、そろそろ起きてください。」

「うぅ~ん。はぁい…。」



そして私がテムライムについて1週間。

いよいよ今日は私たちの結婚の披露宴みたいなものが行われる。行ったら大騒ぎになるからとテムライムに着いてから一度も街に行けてないんだけど、エバンさんによるとものすごい盛り上がっているらしい。



「ハードル上がってるからいやだなぁ~。」



ディミトロフ家はテムライムの貴族家の中でも由緒正しい一家の一つだ。その上エバンさんはあれだけイケメンだし、兄妹は妹しかいない。だからそのエバンさんが結婚するというだけでも国中の大ニュースなのに、その上結婚相手は隣の国の女ときたもんだから、そりゃもう注目の的にならないわけがなかった。



「私あまり目立ちたくないのに…。」

「それは無理なお話です。本日は主役ですので。」



ティーナは嫌がる私を椅子に座らせて、寝ぐせをある程度直した。そして素早く立ち上がって、「行きますよ!」と言った。


ティーナに連れられるがままに、別の部屋に向かった。今日はただの支度じゃなくて、花嫁支度をしてもらわなければいけないから、別の部屋に移動していろんな人のお世話になるらしい。

自分が今日結婚するって分かってはいるんだけど実感はあまり出来ていなくて、気持ちはまだふわふわしたままだった。



「失礼いたします。」



ティーナは慣れた様子で、私はまだ入ったことのない部屋の扉をノックした。ふわふわした気持ちはまだ固まらなかったけど、"やばい女が嫁に来た"と思われてエバンさんに恥ずかしい想いをさせないように、いつもより丁寧に礼をしながら「失礼いたします」と言った。



「わぁ…。」



すると扉の中には、見たこともないほどきれいなドレスが飾ってあった。思わず私はそれに惹きつけられるようにして、部屋の中へと足を踏み入れた。



「すごい…。」



真っ白な生地のドレスのいたるところに、眩しいほど輝く宝石がちりばめられていた。フレアの部分はよく見ると細かな刺繍が施されていて、まるでドレス全体にお花が咲いているようにも見えた。



「王様…カイゼル前王様からの、プレゼントです。」



思わず見とれている私に、ティーナが言った。思ってもみなかった発言に驚いて振り向くと、ティーナは穏やかな笑顔で私を見ていた。



「リア様がいつか結婚式をされるとき着てほしいと、事前に用意されていたようです。」

「じぃじ、が…。」



まぶしく輝くドレスのきらめきが、あの日見たじぃじの美しい涙みたいに見えた。悲しくなるからなるべく思い出さないようにしているのに、じぃじの私への想いを感じてしまったと同時に、目から涙があふれだした。



「じぃじ…っ。」



――――ありがとうっ。



ドレスを抱きしめて、心の中でじぃじにお礼を言った。

これを用意した時、じぃじはどんな気持ちだっただろう。ルミエラスにお嫁に行く私に、せめてキレイなドレスだけでもって思っていたんだろうか。私が悲しんでいると思って、心を痛めながら選んでくれたんだろうか。



ねぇ、じぃじ。

私ね、すごく幸せな気持ちでドレスが着られるよ。

でもね、だからと言って、ドレス取り上げたりしないよね?



返事がない事が分かっていても、言わずにはいられなかった。

これを着ていれば今日一日じぃじと一緒に居られる気がして、心がポッと暖かくなった。



「リア様。ほら、お支度しますよ。」

「はい。」



いつまでもシクシク泣いている私の背中を、ティーナはポンとたたいた。あまり泣いてしまっては、晴れの日なのに顔が台無しになってしまう。


ティーナの言葉で何とか涙を止めた私は、部屋にいた女の人たちに「お願いします」と言って準備をしてもらうことにした。



今日のテムライムの天気はまぶしいくらいの晴れだ。

窓から入ってくるまぶしい光がまるでじぃじの祝福のように思えて、「どこにいても見守っていてね」と、一言付け足して言っておいた。

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