第4話 ディミトロフ家の皆さん、初めまして?!


「いらっしゃい。待ってたよ。」



家に入ると、目の前にエバンさんとよく似たイケおじがたっていた。見ただけでこの人がお義父さんだって分かった私は、丁寧に腰を下げて「はじめまして」と言った。



「アリア・サンチェスでございます。この度は本当に…」

「リアさん。久しぶりね。」



思ってもみない言葉をかけられたことに驚いて、私はゆっくり頭を上げた。

するとそこに立っていたのは、ドレスの試着会で紫のドレスを選んだおばさんだった。



「試着会ではお世話になりました。」

「お、お、お、お母さんだったんですか?!?!?」



大げさに驚く私をクスクス笑って、お義母さんは「はい」と笑ってくれた。私はあらためて姿勢を下げて、「失礼いたしました」と言った。



「改めて、初めまして。エバンの母の、レイラです。」

「父のラルフです。」



二人は丁寧にあいさつをした後、握手をしてくれた。

どこの世界だって女にはギスギスした雰囲気があるだろうから、もし義母が意地悪おばさんだったらどうしようと心配していた。でも予想に反してとても暖かい雰囲気で出迎えてもらえたことに、ひとまず安心した。



「待ってたわ。あなたが来てくれる日を。」

「疲れてるだろ。エバン、早くお部屋に案内してあげなさい。」



意地悪をされるどころか二人はとても優しくて、リオレッドから到着したばかりの私を気遣ってくれた。エバンさんはラルフさんの言葉に「はい」と返事をして、私をすぐに部屋へと案内してくれた。



「ここだよ。」



エバンさんが案内してくれたのは、家の角っこにある部屋だった。見たこともないくらい大きな扉を開けてみると、ワクワクするほどの広さのある部屋が広がっていた。

部屋の中には私が3人くらい寝られそうなベッドがあって、クローゼットは2つも用意されていた。その上お風呂も併設されていて、部屋の奥にある大きな窓からはテムライムの街が小さく見えた。



「こんなに広い部屋…いいの?」

「ああ。もちろん。」



分かりやすく喜ぶ私に、エバンさんはにこやかに言った。

新しい場所でゆっくり寝られるかと心配していたけど、部屋の中はシックなネイビーカラーでまとめられていて、いるだけでなんだかすごく落ち着く感じがした。



「失礼します。」



するとその時、先にこの家に来ていたティーナがせっせと荷物を運びながら部屋に入ってきた。



「ごめん、手伝うよ。」

「い、いえ!そんな…。」

「いいのいいの。」



謙遜するティーナを押しのけて、エバンさんは私の荷物をサッと部屋まで運んでくれた。ティーナはぺこぺこと頭を下げながら、テキパキと片づけに取り掛かった。



「リア、なにか飲む?」



ティーナと一緒に私が片づけをしようとすると、荷物を運び終わったエバンさんが言った。



「わ、私がやります…っ!」



ティーナはまた恐縮して立ち上がったけど、エバンさんは「いいんだ」と言って片手をあげた。そして私が返事をする間もなく、部屋を出て行ってしまった。



「ティーナ。」

「はい。」



申し訳なさそうな顔をしながら片づけを続けるティーナを、私は呼んだ。返事はしてくれたけどティーナは手を止めず、「なにかありました?」と聞いた。




「恒例のアレ、やっていい?」




みんないい人だとはいえ、やっぱり緊張はしていた。やっとティーナと二人になれて少しホッとした私は、いつものヤツをやりたくなってきた。



「いつも私に許可なんて取らないじゃないですか。」



ティーナはやっぱり手を止めないで、笑いながら言った。

確かに今まで「やっていい?」なんて聞いたことなかったなと思いながら、今までで一番大きくてふかふかそうなベッドに勢いよくダイブした。



「わぁあ~~!やばいよ、ティーナ!最高~~~。」



ベッドはもう、雲なんじゃないかっておもうくらいふわふわだった。飛び込んだ私の体をふんわり包み込んでくれたのはもちろん、シーツもサラサラで肌触りも最高だった。



「ベッドだ~~~~。最高過ぎる~~~。」



私は手足をバタバタとして、最高の気分をかみしめた。ティーナはクスクス笑いながら、「よかったですね」と言って、やっとこっちを見てくれた。



「気に入ってくれてよかったよ。」



するとその時、入口からエバンさんの声が聞こえた。

その声に反応して勢いよく上半身をあげると、エバンさんは両手に水を持って、楽しそうに笑いながら部屋に入ってきた。



「み、見てた?!」

「ごめん。ちゃんとドアを閉めずに出て行ったから。」



私の華麗な飛び込みを、ティーナとメイサ以外の人に見られてしまった。

これから夫婦になるんだからこういうところだってみられて当然なのかもしれないけど、もう少し慣れてからにしたかった。



「ごめんなさい、つい…。」

「謝ることなんてないよ。リラックスしてくれた方が僕も嬉しい。」



エバンさんはやっぱりニコニコ笑いながら、私に水の入ったコップを手渡してくれた。そしてもう一つの水を、ティーナのところに持って行った。



「す、すみません。」

「いいのいいの。クローゼット、全部入りそう?あんまり大きくなくてごめんね。」



そして二人は私のことなんて無視して、事務的なお話を始めた。

確かにクローゼットはそこまで大きいと言えなかったけど、2つあるから余裕な気がした。



「いいえ。今のところは大丈夫ですが、こちらの数着だけは別の部屋かどこかに置かせていただけませんでしょうか。型崩れさせたくありませんので…。」

「わかった。一つ衣裳部屋を作っておくよ。」



私が疑問に思っているなんて二人は気が付きもせず、すらすらと話をすすめた。もう一つのクローゼットがあれば、今は別に部屋まで作ってもらわなくてもいいのにと思った。



「そっちはダメなの?」



わざわざ部屋を作ってもらうのが申し訳なくて、私は会話に口をはさんだ。すると二人はすごく不思議そうな顔をして、こちらを見た。



「こっちは僕のだけど。」



僕…の?



「エバンさんの?」

「うん。」

「どうして、ここに?」

「え?」



エバンさんは驚いた顔で私を見ていたけど、私はもっと驚いた顔でエバンさんを見た。しばらく私たちはその顔のまま見つめ合っていたけど、エバンさんが先に折れて「フッ」と吹きだすみたいに笑った。



「ここ、僕たちの部屋だよ?」

「僕、たち…。」



たち…。

立ち?経ち?太刀?



達…?!?!?!?!?




「リアはいやかな、同じ部屋は。」



そうだった。私、結婚するんだ。

そりゃ同じ部屋で寝て起きても、おかしくない。

同じ部屋で…寝て起きて…。



「いやならもう一部屋…。」

「いやじゃ、ないです…。」



いやではない。いやとかじゃない。

そうじゃなくて、深く考えてなかっただけだ。


パパとママだって同じ部屋で寝てるじゃないか。

だって結婚するんだもん。そりゃ、ね、うん…。



なんっっにも考えてなかった。こんなことなら痩せたままでいたらよかった。体調が回復して、うっかり体重を戻してきてしまった。やばい、やばすぎる。どうしよう。



ごちゃごちゃ考えている私を見て、二人はクスクスと楽しそうに笑っていた。

私はこれから始まる二人の生活が楽しみなようで不安にも感じ始めた。

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