第86話 道が繋いでいるもの



「…リア。」



入ってきた私の姿を見て、王妃様が私の名前を呼んだ。

周りではじぃじの本当の孫たちや給仕の人たちがシクシクと泣いていて、部屋の中は悲しみで包まれていた。



「あなた。リアが来てくれましたよ。」



じぃじは力が抜けた様子で、ベッドで眠っていた。顔色は見るからに悪くて、息を吸うのもしんどそうだった。


でもじぃじはそんな状態でも目を開けてくれた。そして私の大好きな優しい目でにっこり笑って、消えそうな声で「おいで」と言った。



「リア。」



じぃじは近寄ってきた私の名前を呼んで、力なく手を差し伸べた。私はじぃじの手をそっと握って、「はい」と返事をした。



「ごめんよ。本当に、ごめん。」



じぃじは私の頬に手を添えて、悲しそうに言った。きっと私が痩せてしまったせいだ。私は力ないじぃじの手をまたギュっと握って、「いえ」と言った。



「謝らなければいけないのは私の方です。」



もしかして私のことを想って、じぃじもご飯が食べられなくなったのかもしれない。そのせいでもっと、病気が悪くなってしまったかもしれない。

すっかり痩せてしまったじぃじを見ていたら、そんな気持ちになった。



「王様。私、知らなかったんです。」



最後に謝ってほしくなんてなかった。前にお別れした時は心から笑ってお別れ出来なかったから、最後くらい、笑ってお別れがしたかった。


だから私は今の気持ちを、素直に伝えることにした。



「道が運ぶのは、人や物だけではなかったんです。」



ルミエラスからここまで、みんなに運ばれるようにしてやってきた。

今まで私の知識を使ってどうやって国を発展させるのかってことだけを考えていた私は、まさか自分が運ばれることになるなんて思いもしなかった。



「道は人の希望を、運ぶんです。」



運ばれてみてわかった。

道は、希望も一緒に運んでいる。



美味しいものが食べたい。遠くにある便利なものを手に入れたい。




――――早く、大切な誰かに会いたい。



色んな人のたくさんの希望を、道は運んでいる。




「ずっとずっと前から私はこの仕事をしてたけど、今になってやっと気が付いたんです。」



私はアリアになるずっと前から、物を運ぶ仕事をしていた。そのはずなのに今の今までそんな大切なことに、気が付きもしなかった。


気が付けたのは、ここまで私を運んできてくれた人たちのおかげだ。

そして気が付けたのは、今まで散々私の話を聞いてくれて、道をつなげてくれたじぃじのおかげだ。



「私のわがままを聞いてくれて、たくさんの希望をつなげてくれて、本当にありがとうございました…っ。」



アルは私が道をつないだと言ったけど、実際につないでくれたのはじぃじだ。じぃじが私の話を聞いてくれなければ、今こうやって希望をつなげることだってできなかった。



「リア…。」



じぃじはそれを聞いて初めて、にっこりと笑ってくれた。そして握っている私の手を、ギュッと力強く握り返した。



「希望だけじゃない。想いだって全部、ここに繋がっていました。あなたに、繋がっていました。」



私の希望をつなげてくれたのは、じぃじが作った道だった。だから私はここにいる。だから私はこうやって、直接感謝を伝えられている。



「繋げていきます。これからだって、どこまでも、ずっと。」



絶対に、あなたの想いを無駄になんかしない。ずっとずっと先へと、私が繋いでいく。だから大丈夫。私はもう大丈夫。お願いだから笑っていて。



そう願って笑うと、じぃじはまた優しい目になった。その優しい目こそが、私の想いが伝わった証拠みたいに思えた。


出来れば別れなんて来てほしくなかった。こんな日が来ると、想像さえしていなかった。急に悲しくなってきた私は、力なく寝ているじぃじを壊さないようにふわっと優しく抱きしめた。



「じぃじ。」



今度はいつもの呼び方でじぃじを呼んだ。

じぃじと触れているところはすごく暖かくて、私の耳にはしっかりとじぃじの鼓動が聞こえていた。



「次生まれ変わったらね、今度は私と結婚してね。」



パパに振られたからって、今度はじぃじに未来のプロポーズをしている私は薄情な女だろうか。

でももし違う形で出会っていたんだとしたら、どこまでもまっすぐで純粋で、いつまでもキレイな心を忘れないじぃじのことを、好きにならないはずがないと思った。



私は一大決心をして言ったはずなのに、それを聞いてじぃじは「ハハッ」といつもみたいに笑った。



「それは、出来ないよ…。」



断られたのに驚いて、私は体を離した。するとじぃじは暖かくて優しい顔で、ニコニコと笑っていた。




「僕には、エステルがいるからね。」



じぃじはそう言って、王妃様に手を伸ばした。王妃様はじぃじの手をぎゅっと握って「嬉しいです」と言った。




「ウソ、私振られちゃったの?」



私の言葉を聞いて、じぃじはクスクス笑った。王妃様も近くにいたミアさんも、泣いていたお孫さんたちもそれを聞いて、楽しそうに笑った。



「そういえば私、パパにも同じ理由で振られたの。二人ともこんなにかわいい私を振るなんて…。もったいないよ?」

「確かに、そうだね。モテる男は辛いよ。」



今度は部屋中が暖かい空気に包まれた。

まるでその空気がじぃじの人柄を表しているみたいで、私の荒れ切った心は、スッとその温かさに満たされていった。



「イグニア。マージニア。」



するとじぃじは息子二人の名前を呼んだ。クソ王子は凛とした顔で立っていたけど、弟の方は声をあげてしまうほど泣いていた。



「あとは、頼む。」



その言葉を聞いて、二人の王子はビシッと敬礼をした。クソ王子もナヨナヨ王子も、少しはたくましくなってくれるといいなと思った。




「はぁ…!楽しかった、いい人生だった。」



じぃじはそう言って、ニコッと笑って涙を流した。

一筋の涙がすごく美しくて、その美しさに、私の目からも涙があふれた。



「ありがとう…っ、みんな…!ありがとう…。」



それが、じぃじの最後の言葉になった。

そう言ったあとしばらくして動かなくなったじぃじを見て、みんなが声をあげて泣いた。


でもきっと、まだ声は聞こえてる。私は涙を流しながら「ありがとう」って、もう一回伝えた。




きっと大丈夫。想いはちゃんと、受け継がれてる。



今は悲しんで泣いている人たちも、きっと前を向いてじぃじの想いを継いでいく。私だってそのうちの一人だ。

まだ暖かいじぃじの手を握って、私ももう大事な人を悲しませることはしないと、強く心に誓った。



ドアから入ってくる風がとても心地よかった。まるでじぃじが私たちみんなを励ましてくれているような、そんな感覚がした。

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