第84話 簡単で、すごく大切なこと


「リアお嬢様!」



港で手を振っていたのは、パパの会社で働いているダンテさんだった。

ダンテさんまで協力してくれている。もしこれがばれたら一体何人の人に迷惑が…。


ここまできてもまだ私の気持ちは不安定で、ウマスズメを降りても動けずにいた。



「早く!」



するとダンテさんはそんな私の手を無理やり引いて、船の方へと向かった。私は自分の意思のない人形みたいに、されるがまま必死で足を動かした。




ダンテさんが乗ってきたのは中型の船だった。

コンパクトで可愛いな~なんて余計なことを考えているうちに、私は詰め込まれるみたいにして船に乗せられた。そしてそれからすぐに、船がゆっくりと動き始めたのが分かった。



「波が高いので少し揺れますが、こちら側からなら1日で着きます!」



そう言ってダンテさんはまっすぐ前だけを見て船の操縦を始めた。

これからどうなるんだろうって不安が消えたわけじゃなかった。でも船に乗ってしまった以上、もう後には引き返せない。ただひたすら待つしか出来なくなった私は、両手を組んで空に向かって祈った。



もうこの後殺されてもいい。迷惑をかけた人たちは私の指示で仕方なく動いたってことにすればいい。あのおやじが一生私を外に出さないって言うならそうする。文句を言わずになんだってする。



だからどうか…。

どうかお願いです。



――――最後にありがとうを、

     伝えさせてください。



こんな状況ではロクに寝ることも出来なくて、私は船の一番先頭でただ祈り続けた。そしてあっという間に一日がたって、遠くの方にリオレッドの港が見え始めた。



「海が荒れてるから、ウマスズメで行ったほうが早い。ここからはアルが連れて行ってくれるから。」



ソワソワしている私に、ウィルさんは言った。

その言葉通り、見えてきた港には見飽きるほど何度も見てきたアルの姿があった。まだまだ小さくしか見えないうちから、相変わらずぶっきらぼうな様子で立っているのがわかった。アルに会わなくなってまだ1か月くらいしか経ってないのに、なぜだかすごく懐かしく思えた。



「リア、早く…!」



あっという間に船は港へと到着した。すると私がダンテさんやウィルさんへお礼言う時間もないほどあっという間に、アルは私を自分の後ろに乗せた。



「しっかりつかまってろよ!」

「きゃあ…っ!」



そして次の瞬間には、私に気を遣う事もなくウマを全速力で走らせ始めた。一瞬でも気を抜いたら振り落とされそうで、私はアルの腰にがっちりと捕まった。



アルとは長い間一緒にいたはずなのに、こんな風に二人でウマに乗るのは初めてだった。後ろから抱き着いているからアルがどんな顔をしているか分からなくて、もしかして怒ってるんじゃないかって不安になった。



「ありがとう…っ。」



来てくれてありがとうと、伝えたかった。

支えてくれてありがとうと、伝えたかった。



するとアルはやっぱりウマを全速力で走らせたまま、「お前さあ!」と大声で言った。



「黙って行くなよ!せめて挨拶くらいしろよ!行儀悪いぞ!」



予想もしていなかったことを言われて、思わず笑ってしまった。するとアルは少しだけ私の方を見た後、また前を向いた。



「2日で着いてみせるから。休憩は最小限にしかとらないからな!」

「2日で?!着けるの?!」



昔はレルディアからノールまで、ウマに乗っても1週間はかかった。それから道が整備されたとはいえ、二人だとしてもノールまでは4日はかかるはずだ。驚いてそう聞くと、アルは「そうだよ!」と叫んだ。



「新しい道がまたつながったんだ!もとはお前が繋いだんだろ!」

「別に私は…。」



この道をつないだ覚えなんてない。

そう言おうとすると、アルは「そうなんだよ!」と言った。



「お前が繋いだんだ。この道だって、隣の国への道だって!全部お前の道だ!」



アルは真剣な横顔で言った。そうしている間もずっと、ひたすら全速力でウマを走らせていた。



「お前、小さい頃言ってたじゃん。」

「え?」

「俺んちに飯食いに来た時!」



カルカロフ家にご飯を食べに行った時のことが、昨日の話みたいに思い出された。それなのにあの時何を言ったのかは、全然思い出せなかった。



「結婚は好きな人とするんだって、お前言っただろ!」



そう言われてやっと思い出した。あの時確かに、私はそう言った。

アルだってあの頃はまだ子どもだったはずのによく覚えてたなと感心していると、アルは少し悲しい目をした。



「賢いくせに、小さい頃に分かってた簡単なこと忘れんな!お前が幸せにしてなきゃ、俺だって…。」



アルはその言葉の先をいわなかった。でもその代わりにただ前だけを見て、ウマをもっと早く走らせた。



「ありがとう。」



私はアルの腰をつかんでいる腕を、ギュッと強めた。



簡単で、そしてすごく大事なことを忘れてしまっていたみたいだ。

アルのおかげで自分をしっかりと取り戻した気がして、私はもっと腕を強めて彼の腰にしがみついた。



いつもそばにいてくれて、いつも私のこと大事に思ってくれて、本当にありがとう。



アルの腰にしがみつきながら、浮かんでいる月をみてみた。

昨日まで不気味に光っていたはずの月は、眩しいくらいに輝いて見えた。





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