第83話 恩は、いつか返って来るんだね


ウィルさんは少し離れたところにあった城壁の小さな隙間から私とティーナを通して、自分も最後にそこをくぐった。最初から塀なんて乗り越えずにここから来たらよかったのになんて冷静なことを考えながらついていくと、ウィルさんの歩いていく先には1頭のウマが見えた。



「リア姉ちゃん!」



するとウマの少し後ろの茂みから、私を呼ぶ声がした。そんなところから声が聞こえたことに驚いて見つめていると、そこからひょっこり、ザックとティエルが顔をだした。



「ザック!ティエル!」



ちゃんと生きてた!

半年ぶりに見た二人は少し大きくなっていて、それに着ている服も前よりちゃんとしている気がした。

思わず両手を広げて待ち構えると、二人は私の胸に飛び込んできた。



「会いたかった…っ!」

「私もだよっ!よかった、元気そうで…っ!」



涙腺がおかしくなっている私がまた泣きはじめると、二人は私の顔を見てにっこり笑った。



「姉ちゃんの、おかげだよ。」

「私の…?」



何もしてないけどと思って首をかしげると、二人は笑顔で「うん!」と答えた。



「お姉ちゃんのおかげで、屋根のあるお家に住めるようになったんだよ!それに今度、病院にも行けるの。病気が治ったら、パパも働けるようになるって!」



ヒヨルドさんはすぐにでも計画を進めると言ったけど、そんなにも進んでいるなんて想像もしていなかった。私が驚いたまま何も言えずにいると、「大丈夫!」とティエルが言った。



「お姉ちゃんは私たちのお家で隠れてるから大丈夫!」

「リア姉ちゃんは早く行って!」



すると奥の茂みの方から、数人の大人の人が出てきた。その中の一人はあの時パンを取りに来てくれたおじさんだった。



「アリア様。二人の、父でございます。」



そのおじさんは深く礼をした。私は慌ててそれに礼を返した。



「あなた様がいらっしゃらなければ、僕たちはとっくに飢えて死んでいました。どうかこの恩を、返させてください。」



おじさんはそう言って、ティーナに一つ礼をした。そしてザックとティエルがティーナの手を取って、おじさんの方に連れて行った。



「リア。」


すると後ろに立っていたウィルさんが、優しく名前を呼んでくれた。まだ驚いて何も声が出せない私の肩を、そっと抱いてくれた。



「ここまで言われてるんだ。期待に応えるのが、君の仕事だろ?」



その言葉を聞いて、ティーナがにっこり笑ってうなずいた。私の中の迷いが消えたわけじゃないけど、ここまで来て断るなんて空気が読めないと元日本人らしいことを考えてしまった。


そんな私の気持ちを察したかのように、ウィルさんはウマに乗って私に手を差し出した。頭はまだ行ってはいけないと言っているはずなのに、無意識のうちに私はウィルさんの手を取って、ウマに乗っていた。



「ティーナ。」

「リア様、私は大丈夫です。どうかご無事で。」

「絶対に、迎えに行くから。」



そこでついに覚悟を決めた私は、ティーナにそう言った。するとティーナは力強くうなずいて、「いってらっしゃいませ」と言った。



その言葉を合図に、ウィルさんはウマを走らせ始めた。ウィルさんはロクに道もないのに、森の中みたいな場所をスイスイと進んでいった。



「あの方たちが、教えてくれたんだ。」



キョロキョロと周りを見渡している私に、ウィルさんが言った。



「昼間に街でウマスズメを探していたらあの方たちに遭遇してね。ウマスズメをどこからか持ってきてくれたのはもちろん、この道も教えてくれたんだ。ここの方が早いって。」



確かにこの道は、私が迷い込んだ場所に少し似ていた。

方向音痴だから一緒なのかどうかは定かじゃないけど、何となく見覚えのあるような景色だった。



「恩は、いつか返ってくるんだね。君を見ていると本当にそう思うよ。」



ウィルさんは続けてそう言った。それはじぃじが、私に教えてくれたそのものだった。



「じぃじ…王様は、いつから…?」



私はやっと自分を取り戻して、ウィルさんに聞いた。するとウィルさんは少し悲しい顔をした後、「ずっと前からだよ」と言った。



「君には隠してくれと言われたんだ。ただでさえ負担をかけているんだから、余計な心配までさせるなって。」

「余計なんかじゃ…っ。」



自分の体が悪いのに、それが余計な心配なわけないじゃん。

ずっとそばにいたはずなのに、何も気が付けなかった。そんな自分が悔しくて悲しくて、早くじぃじの顔が見たかった。



「大丈夫。」


また泣き始めた私に、ウィルさんは言った。

ウィルさんの方を見上げてみると、彼はただまっすぐ前を見ていた。



「大丈夫。絶対が会わせてあげるから。」



根拠のない言葉だって分かってた。でもその根拠のない言葉だけが、私の支えだった。逃げてしまった罪悪感とかこれからの不安とかすべて置いておいて、私もウィルさんと同じように前を向いた。


しばらくするとまっすぐ先には海が見えてきた。そしてそこにはこちらに向かって手を振っている人の影が見えた。

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