第82話 行けない、けど…。
「ウィルさん、どうして…っ。」
やっとの想いでウィルさんと合流した私は、思わず彼の両手をつかんで言った。するとウィルさんは少し悲しい目をした後、「落ち着いて聞いて」と言った。
「王が、危篤なんだ。」
「え…?」
ウィルさんの言葉はちゃんと耳に入ってきたはずなのに、頭まで浸透してこなかった。脳の中の言葉を理解する場所の周りでぐるぐると回ったままいつまでもとどまっているような感覚がして、めまいすら覚えた。
「リア…っ!」
ついにそのめまいに耐えられなくなった私は、思わずふらついて倒れそうになった。するとそんな私の両腕を、ウィルさんががっちり支えてくれた。
「行こう。帰るんだ、リオレッドに。」
そしてウィルさんはまっすぐ私の目を見てそう言った。
「明日、明日行けば…。」
そうだ。明日朝起きてあのクソ男にいったん帰ると伝えれば、こんな風にこそこそする必要はない。そう思ったけど、ウィルさんは首を横に振った。
「すぐ行かないとだめだ。一刻を争うことなんだ。それにきっとルミエラス王は、自分を差し置いて君が帰ることをよしとしない。」
じぃじが、死ぬ…?
それもそんな、一刻も争うような、状況…?
嘘…、だよね。
まだ何も信じ切れていない私は、上手く返事が出来なかった。それに「行こう」と言われて「行きます」と言えるなら、私はきっとここにはいない。
「ダメです。」
私はここに来るまで、何度だって覚悟を固めてきた。
死にたくなるくらい辛い夜も、お腹がすかないくらい悲しい日々も超えて、私はここに、ルミエラスに、確かに立っている。
「私だけの問題じゃないんです。きっと王様も、私が行けなくても…理解してくださいます。」
私がここから逃げるという事は、私だけの問題じゃない。逃げてしまったら今までの努力が全て水の泡になってしまう。
「行け、ません…っ、行ったら…っ。」
ダメなんです。
と、言おうと思ったのに、目からは涙があふれて止まらなくなった。それがじぃじが死ぬかもしれないって悲しみの涙なのか、今まで我慢していた分があふれ出しているからかなのは、自分でもよく分からなかった。
「ごめん、リア。」
ウィルさんは泣いている私を、そっと抱きしめた。抱きしめられたぬくもりを感じれば感じるほど、涙がとめどなくあふれた。
「止めなきゃいけなかったんだ。戦争になったとしても、発展が止まったとしても、僕は君を止めなきゃいけなかった。」
ウィルさんは私を抱きしめたまま、苦しい声で言った。
「僕は政治にかかわらせてもらっている身だ。国のことを考えるなら、止めないのが正解だと思った。だからリアの覚悟を汲んで、止められなかった。」
それがきっと正解だ。
私一人の不幸と国民全員の幸せを天秤にかけたんだとしたら、ウィルさんの選択は絶対に正しい。
「でもそれはただの言い訳だ。僕の力が足りないことへ対する、ただの言い訳に過ぎない。君に甘えていた。甘えすぎていた。一人に背負わせて、本当にごめん。」
ウィルさんはそう言って、私の両肩を持って目線を合わせてくれた。
私の目からはやっぱり涙が止まらなくて、それを見たウィルさんは右手で涙をすくった。
「王は僕に、いつか誰も泣かない国を作りたいとおっしゃられた。それなのに君が今泣いていたら、一番悲しむのは僕たちの尊敬する王様だ。」
ウィルさんは私の手を取って、もう一度「行こう」と言った。
それでも足が動かない私を見て、彼はもう一回かがんで私に目線を合わせた。
「僕は君を誘拐してでも連れて行く。その後何かの罪に問われたって、それでもかまわない。君が嫌だと言うなら少々強引な手を使ってでも連れて行く。」
よくアニメとかで見る、首をトンってやられて意識を失わせられるあれだろうか。もういっそのこと意識を失ってなすがままにしてもらった方が、もしかして幸せなのかもしれない。
頭の中が色んなことでパンクしそうになった。
ここで逃げたらきっと私だけじゃなく、ウィルさんやティーナ、そして国の人たちの立場も危うくなってしまう。
「リア様。」
するとそんな私の肩を、ティーナが押した。私はバランスを崩して倒れそうになって、ウィルさんの胸にぶつかった。
「行ってください。」
ティーナは泣きそうな顔で笑って言った。驚いてティーナの目を見ていると、ティーナの目からはついに、涙が流れ始めた。
「もう、弱っていくリア様なんてみたくありません。リア様は優しすぎます。自分のことをたまには考えてください。今行かないと、絶対一生後悔します。」
「ティーナ…。」
ティーナはキレイな涙を流しながら、それでも笑っていた。ティーナのこんな顔を見るのは初めてだった。
「数年しかお仕えしていませんが、リア様がどんなに素晴らしい方か近くで見てきた私が一番よく分かっています。リア様が国民のことを想うように、私もリア様のこと想っています。どうかいつだって、太陽みたいな明るい笑顔で笑っていてください。」
まるで最後の別れみたいなセリフをティーナは言った。どうしてそんなことを言うのと言おうとすると、ティーナはまたにっこりと笑いなおした。
「私はここに残ります。いても足手まといになるだけなので。」
「そんなこと、絶対できないっ!」
ティーナを置いていくことなんて、絶対に出来ない。
するとティーナはその言葉を聞いて、首をゆっくり横に振った。
「
ティーナのいう通りだった。だとしても、私はここに一人ティーナを置いて行けるほど、冷たい人間ではないみたいだった。
すると今まで黙っていたウィルさんが、「大丈夫」と一言言った。
「大丈夫、ちゃんと君のことだって考えてある。だから早く行こう、みんなで行くんだ。」
そう言ってウィルさんは、私の手を引いて走り出した。後ろを振り返るとティーナも驚いた顔のまま、私たちについてきていた。
まだついていくって結論は出てないはずなのに、私の足はとまらなかった。戸惑いを隠せない私の右手を引いているウィルさんは、一度もこちらを振り向くこともなく、ただ前へと進み続けた。
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