第81話 お前、女優なのか…?


「ごめん、ティーナ。あのね…っえっと…っ」

「リア様、落ち着いてください。」



ティーナにこんなことを言われる日が来るなんて思いもしなかった。

でも私の体はさっきまでのスリルとウィルさんを見た驚きからがくがくと震えていて、ティーナが両腕を支えてくれないと立てないくらいだった。



「ごめん。」



自分を何とか落ち着けるためにも、一旦深呼吸をした。冷静になってティーナを見ると、すごく心配そうな目をしているのが分かった。

そりゃそうだろう。自分の主が夜中にいきなり部屋にやってきた上に、落ち着かない様子で話をして来たら、何があったのかって心配になるのも当然だ。




「あのね、ウィルさんが来てる。」

「え?!」




だから私は出来るだけ落ち着いたテンションで、そう伝えた。それなのにティーナは大きい声をだすから、私は思わず手でティーナの口をふさいだ。



「す、すみません。」



さっきまでと立場が逆転したみたいに、ティーナは動揺しながら謝った。人が動揺している姿を見ていたら今度は自分がすごく落ち着いてきた感じがして、思わず笑ってしまった。



「んでね、おいでって言われたの。でも私の部屋2階だし、とりあえずここにきた。んだけど…。」

「ですね。」



ティーナと私の部屋は反対側に位置していて、つまりここの窓から出られたとしてもウィルさんがいる方向に回り込むにはいくつかのハードルがある。それにこんな夜中に外に出たことがないから、誰がどこでどう見張っているかも全く分からない。



「でも…。」



危険は多い。見つかってしまったらもしかして殺されるかもしれない。



「行かなきゃ後悔するような、気がするの。」



何があったか分からない。でもここで行かなければ一生後悔するような、そんな気がする。


何の根拠があるのかと聞かれたら答えられない。それはなんていうか…"女の勘"ってやつだと思う。

きっとティーナからしたら全く意味の分からない話をしているんだろう。でも私があまりに真剣な顔をしているからか、ティーナも真剣な顔をして「わかりました」と言った。そして次の瞬間勢いよく振り返って、自分のクローゼットを開けた。



「リア様、これを。」



ティーナはクローゼットから、ティーナが来ているルミエラスの王城のメイド服を取り出した。そしておもむろに、自分が着ているパジャマを脱ぎ始めた。



「早く、着替えてください。」

「は、はい…っ!」



ティーナに促されるまま、私はメイド服を着た。初めて袖を通してみたけど、なかなか似合うじゃないかと自画自賛した。



「よし、行こう。」

「はいっ。」



着替えを終えた私たちは、窓を開けてひょっこり外を覗いてみた。

ティーナの部屋の窓のすぐそこには城壁があった。そして窓と城壁の間には大人が一人通るのがやっとなくらい狭い通路があるだけだから、人の影なんて一切みえなかった。


目を合わせてそれを確認した私たちは、お互いの意思を確認するように大きく一つうなずいた。そしてティーナは音を立てないようにゆっくりと、窓から足を出して外にでた。それに続くように私も慎重に外に出て、私の前を進んでくれるティーナの背中を追った。



他の人の部屋の窓から顔が出ないように腰を低くして通路を進むと、曲がり角に差し掛かった。ここからは割と広い場所が広がっているから、もしかすると見回りの人に会ってしまうかもしれない。


念のためメイド服で変装はしているけど、会ってしまえば言い訳に苦しむのは目に見えていた。それに私はよりにもよってエルフだ。近くで見られてしまえば、すぐに私だってバレてしまうと思う。


だから私たちは出来るだけ草や木の生い茂っている道を選んで、慎重に慎重に前に進んだ。



深夜という事もあって、見回りの人は誰もいなかった。私たちは無事最後の角に差し掛かって、角からゆっくりその先を覗き込んでみた。



「…ウィルさんっ!」



先の方の茂みに、ウィルさんの影が見えた。ウィルさんも私たちに気が付いたみたいで、小さく手をあげてこちらに反応してくれた。



するとその時、ウィルさんの背後から警備のおじさんが見回りにきている姿が見えた。



「や、やばい…。」



このまま身を潜めていれば、もしかしたら見つからないかもしれない。

でもウィルさんのいる辺りはちょうど草木が少ないところで、横を通り過ぎれば見えてしまうかもしれないと思った。



「どうしよう…。どうしたらいい、ティーナ。」




私達がばれてしまうより、ウィルさんがここにいる事がバレる事の方が多分やばい。

どんどんおじさんが近づいてくるっていうのに何のいい案も浮かばなかった私は、自分でも止められないくらい動揺し始めた。



「リア様、ここにいてください。」



でも焦っている私に対して、ティーナはとても冷静そうだった。そして冷静な顔をしたままそう言ったと思ったら、おもむろに立ち上がっておじさんのいる方へと歩きはじめた。



「え…、ティーナ…っ!」



なにしてるの?!?

と言おうとすると、ティーナは少しだけこちらを振り返って、ニコッと笑った。そしてそのまま、警備のおじさんの方へ堂々と走って行った。



「お前、こんな時間に何してるんだ…っ!」



案の定ティーナはすぐにおじさんに見つかって、半分怒られるみたいにして言われた。するとティーナは息が切れているはずもないのに、「はぁはぁ」と言って両手を前で結んだ。



「部屋の前に、人影が見えた気がして…っ。追ってきたんです…!」

「な、なに?!」



ティーナは息を切らしたままそう言った。

演技力が高すぎて、私も思わず引き込まれてしまった。



「あっちの方に行きました…!」

「でもあっちは今俺が歩いて…っ。」

「間違いないんですっ!」



ティーナは今おじさんが歩いてきた方を指さして言った。おじさんは自分が来た方向には誰もいなかったと言いたかったみたいだったけど、ティーナが食い気味でそう主張した。



「し、仕方ない。もう一度見てこよう。」

「お願いします…っ!」



ティーナのあまりの勢いに押されて、おじさんはキョロキョロと周りを見渡しながら引き返していった。おじさんが見えなくなった後、ティーナはこちらを向いて"成功したよ"と言わんばかりににっこりと笑った。

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