第80話 ありえない訪問者


「なんだ、あれ。」



暗闇の中で、定期的に何かが飛び跳ねていた。

目が離せなくなってジッとその光景を見つめてみると、暗闇に目が慣れてきたというのもあって、その姿が徐々に見えるようになってきた。



「…え?」



その影は今度は止まって、こちらに向けて手を振っていた。私はそのシルエットに、見覚えがあった。



「ウィル、さん…?」



なんであんなところで飛び跳ねてんだ。変なの。

ってかまだ来るには早い気がするけど…。



そう思いながら私は、ウィルさんに手を振り返してみた。すると彼はこちらに向けて、大きく「おいで」の仕草をしていた。



「おいでと、言われましても…。」



そんな簡単に王妃の卵がほいほい出かけられるわけないじゃないか。ってかそんなことウィルさんもわかってるでしょ。



呆れてそう思ったけど、でも分かった上で呼んでるとしたら…。



「なにか、あった…?」



急に不安になり始めた私は、ウィルさんに向かって首を縦に振った。するとウィルさんは軽々と城壁を登ったあと、周りを気にしながらこちらに向かってきた。



ウィルさんは今は政治的なことをしているとはいえ、もともとは騎士の家で訓練を受けてきた身だ。っていうのもあって身のこなしはすごく軽くて、色々なものの陰に隠れながら、私の部屋のすぐ下までやってきた。



「リア!」

「ウィルさん、どうして…っ?」



見回りの人が来てしまわないように、必要最低限の音量で言った。するとウィルさんは少し悲しそうな顔をして、「説明は後で」と言った。



「リア、おいで。急ぐんだ。」

「おいでって…。」



ウィルさんは両手を広げて私を受け止めようとしているみたいだったけど、ここは2階だ。痩せたとはいえウィルさんの上に落ちたらつぶれてしまう。



「ドアから外に出てもすぐに見つかる。だから…っ。」

「ちょっと、そこで待っててください。」



ウィルさんがここに来たってことは何かただならない事情があるんだと、そこでやっと察した。そして窓の外にウィルさんを置き去りにして、自分の部屋のドアをそっと開けてみた。



「どうされましたか。」



するとドアの外を守っていた大きな男の人にすぐに見つかった。もちろん誰もいないとは思っていなかったけど、ドアから顔を出してすぐに声をかけられたことにすごく驚いた。


大きな男の人は不審そうな目で私を見ていた。すごく悪いことをしているみたいな気持ちになって怖かったけど、でもここで引き下がるわけにはいかなかった。



「えっと。ティーナを呼びたくて…。」

「呼んできましょう。」

「い、いやっ!」



咄嗟に考えた言い訳も、強面おじさんにすぐに壊されてしまいそうになった。私は必死でそれを止めて、「大丈夫です」と答えた。



「夜風が気持ちいいから、自分で歩いて呼びに行くわ。」

「それでは、ご一緒致します。」



さすがにそれを断ることが出来なくて、私は素直におじさんに従った。でも希望はある。ティーナの部屋は1階にあるはずだ。


私は嘘をついているというスリルを全身で味わいながら、ゆっくりとティーナの部屋へと向かった。



「ありがとう、後は大丈夫よ。」

「いえ、そんなわけには参りません。」



おじさんはなかなか手ごわかった。先に帰ってもらおうと思ったのに、その場にいると言われてしまった。



「どのくらいいるか、分からないから…。」

「お気になさらず。」



くぅうう~!

この人!今までで一番の強敵かもしれない!

どうしよう、どうしたらいい?

なんて言えば…。



「リア様、こんなところまでいかがされましたか。」



すると声を聞きつけたのか、ティーナがドアを開けて部屋から顔を出してくれた。私は半分ホッとしながら「実は…」と話はじめた。



「実はあんまり寝られなくて…。今夜は一緒に寝てもらおうかと思って。」



今まで一緒にいて、そんなことを言い出すのは初めてだった。

だからティーナも多分何があったのか察してくれた様子で、「そうですか」と言った。



「リア様の部屋のベッドと比べたら小さいですよ。」

「いいの。くっついて寝ましょう?」



私はそう言って、半分無理やりティーナの部屋に入った。そして頭だけ出して「そういうことだから」と、おじさんに言った。



「かしこまりました。それではここにいますので、何かありましたらお声かけ下さい。」



おじさんは今度はティーナの部屋の前で、仁王立ちの姿勢を取った。



手ごわすぎる敵から早く逃げたくて、私はすぐに部屋のドアをしめた。そして会話を聞かれないようにするためにも、ティーナをドアから一番遠い場所に連れて行った。

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