第73話 ワッフルもしばらく食べらんないや


悲しい雰囲気のまま、私は王城を後にした。

そして家に帰ってママにすべてを報告すると、ママはその場で泣き崩れてしまった。



「ママ、泣かないでよ。私王妃様になるんだよ。早く結婚してほしいって、ママも言ってたでしょ?」

「リア…っ、リア…っ。」



ママは全く泣き止んでくれなかった。でも"行くな"とも言わなかった。きっと私がよく考えてこの結論を出したことを一番知っているだろうし、それに"行かない"って選択肢を選んだらどうなるのか、分かってるからだと思う。


私はたくさんの人の希望になりたいと結婚を決めたのに、周りにいてくれる大切な人たちのことは悲しませてばかりだなって思った。



「ごめんね、ママ。いつも勝手で。」



ママの言う通り、普通の女の子みたいに結婚して、もともと作られていた"道"を歩いていけばよかった。新しい道なんて作ろうとせずに、平凡な人生を送ればよかった。



「でもね私、幸せだよ。」



でもこうなった以上、私は多くの人を不幸にしえる選択肢をもう選べない。それにもしこれで戦争が起きて多くの人が犠牲になったとしたら、みんなが私のせいじゃないと言っても、きっと私は自分をせめながら生き続けることになる。

希望が多いのなら、そっちの道を選びたい。それが今の私にとって最大の幸せだ。




「大丈夫。一生会えないわけじゃないんだから。またすぐに帰ってくるから。ね?」




何を言っても、ママは一日泣き止まなかった。そして次の日メイサが家に来たと思ったら、メイサも同じように泣いて私を抱きしめた。



――――ごめんね、みんな。

     本当に、ごめん。





あの後ウィルさんがルミエラス王に連絡を取ると、すぐにでも来いと通達があった。これ以上長くリオレッドに居たら決意が本当に揺らいでしまうと思った私は、通達を受けてから3日後に、ここを旅立つことに決めた。



私が決意を固めてから、結婚の知らせは国中を駆け巡った。そしてそれを聞きつけた人たちが、家まで続々とやってきた。

ジルにぃにゾルドおじさん。それにテレジア様も、アルも…。ミアさんもみんなみんな、私に会いに来てくれた。



本当はお世話になったみんなに、お礼が言いたかった。

でもそんなことをしていたら行きたくなくなってしまうって分かっていたから、失礼と分かっていても会いに来た人の面会を断り続けた。




去っていくみんなの姿を窓から静かに眺めて、全員の背中に言った。


来てくれて、ありがとう。

またいつか帰ってきて、笑ってたくさんお話をしましょう。

でも会ってしまえばきっと、私はここを去りたくなくなってしまう。

きっと私は泣いてしまう。


だからごめんなさい。黙って去ることを、許してください。


――――本当に本当に、大好きです。





「ティーナ、ごめんね。」



そしてティーナは、私についてルミエラスに来てくれることになった。

じぃじは私に犠牲にならなくていいといったけど、犠牲になってしまったのは本当はティーナだけな気がした。


何度も来なくていいと伝えたけど、ティーナはそれでも来ると言って聞かなかった。



「リア様にお仕えできることが、私の幸せです。どこへだって、着いていきます。」



そう言いながらもやっぱりどこか悲しい顔をしているティーナを、私はギュっと抱き締めた。するとティーナも私を、優しく抱きしめ返してくれた。



「あのね。こないだ食べさせてあげられなかったパンケーキシオカラ、本当に美味しいんだよ。一緒に食べに行こうね。」

「はい。もちろんです。」

「お城の中なんてね、街よりもっとキレイなの。ティーナもきっと気に入るよ。」

「はい。楽しみです。」



自分に言い聞かせるみたいに言う私の言葉を、ティーナは最後まで聞いてくれた。決意を固めたっていうのに私はいつまでも女々しくうじうじしていて、こんなことではみんなもっと悲しくなってしまうと思った。



「よし、寝るわ。」

「はい。明日は早いので、ゆっくりお休みください。」



いよいよ出発は明日に迫っている。

港まではパパがポチに乗って送ってくれることになっていて、そこからはとりあえずティーナとウィルさんと三人になる。パパも一緒に行くと言ったけど、私が来ないでほしいと頼んだ。


私が着いて1か月もすれば、パパとママが正式にお城に呼ばれて、結婚の儀式みたいなものが行われることになっている。

1か月も経っていればきっと私の気持ちも落ち着いていると思う。でもそれまではリオレッドの大好きなものを、ルミエラスにあまりたくさん持ち込みたくなかった。



「おやすみ、ティーナ。」

「おやすみなさい。」



とりあえず寝ようと思って、ベッドに入った。

でもまったく眠気なんて降りてこなくて、私はただ、窓から差し込んでくる月明りをボーっと見つめた。



あ~私、リオレッドを離れるんだ。


リオレッドから離れたら、

ワッフルもロクに食べらんないじゃん。

パンケーキが食べられるのは嬉しいけど、

ワッフルだって捨てられない。


そのうち店ごと輸入してやるか。

そうやって一つずつ、

ルミエラスも私の力で、どうにか繁栄させてみせる。


そう言えばザックとティエルは元気だろうか。

あの子たちにもきっと、お家をあげよう。

まとめてみんなのこと、幸せにするんだ。


やることはいっぱいだ。

学べることだって、たくさんある。

また忙しくなる、大変だ。

考えることもいっぱいだ。


きっと楽しい。きっと幸せ。きっと希望になれる。




――――でも…。




「やっぱ、いやだなぁ…。」



好きな人と…。

出来ればエバンさんと、結婚したかったなぁ。

みんなに祝福されて、「おめでとう」って、言われたかったな。



そして何より…。



「最後まで大好きって、言えなかったなぁ。」



そこで初めて涙が流れてきた。

泣いている私を見ているのは、眩しいほどに光る月明りだけだった。今日の月は一人で泣いている私に同情してくれているみたいに、青く穏やかに光っていた。



明日になったらきっと、笑顔でみんなにサヨナラする。だから今だけは泣かせてと、月に祈った。



するとその時、窓にコツンと石みたいなものが当たるのが見えた。

こんな時にいたずらだろうか。だったとしたら陰湿すぎるから怒ってやろうと思って、立ち上がってベッドを降りた。そしてそのまま恐る恐る窓の外を眺めてみると、そこには絶対にいるはずのない、



――――エバンさんの姿が、見えた。

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