第72話 おめでとうって、そう言ってよ


「パパ。」


そして次の朝、私はパパの部屋に行った。

本当は一人で王城に行こうと思っていたんだけど、今日はパパも一緒の方が手っ取り早いと思った。



「一緒に、来てくれる?」



普通ではない私の様子を察して、パパは静かにうなずいた。

ママもやっぱり心配そうな顔を崩さないまま、「いってらっしゃい」と名残惜しそうな顔をして言った。



「サンチェス家のお二人が参られました。」

「入れ。」



そして私たちはいつも通り、じぃじの部屋へ向かった。じぃじの部屋の中にはウィルさんが先に到着していて、じぃじと一緒に挨拶をかえしてくれた。




「じぃじ。」



座ってと促されるがままに席について、早々に私は口を開いた。みんなの顔を見ていたら決意が揺らいでしまいそうだったから、早く言ってしまいたかった。



「あのね。私、ルミエラスに行く。王妃様になる。」



あえて前向きな言い方で、笑って伝えた。



「リア…それはっ!」



私の言葉を聞いて、最初に口を開いたのはパパだった。

そりゃ娘がよくわからんおじさんのところに、しかも隣の国に嫁に行くなんて嫌だろうなと、パパの気持ちも察してあげた。



「リア。」



そして次に、じぃじが言葉を放った。昨日からずっと悲しそうなじぃじの顔が、胸に突き刺さるようで痛かった。



「犠牲にならないでいいと、言っただろう。」



じぃじは今にも泣きそうな顔で言った。私はゆっくりと、首を横に振った。



「犠牲になるんじゃないよ。」



私一人が犠牲になるなとじぃじは言ってくれた。でも私はなにも、犠牲になりに行くのではない。



「希望に、なるんだよ。」



私は多くの人の、希望になるんだ。

普通に家があって、普通に家族がいて。毎日食べるものがって、今日あった楽しい事とか悲しいことを報告する。そんな些細な日常をみんなに送ってもらう希望に、私はなるんだ。



「リア、方法は他にも…!」

「どんな方法があるんですか?」



ウィルさんが止めてくれようとしてくれているのに、私は食い気味でそう突っかかった。ちょっと意地悪だったかなと反省して、「すみません」と謝った。



「もう事実上、取引は始まっています。ここで私がやっぱり行かないと言い始めたら、戦争になってもおかしくありません。」

「それでも…っ。」

「そんなに悪いお話じゃないです。」



せっかくの決意を、みんながぐらぐらと揺らしてきた。

私は一度決めたことを最後まで貫くためにも、しっかりと両足を地面につけた。



「ルミエラスはすごくいい国でした。人も暖かいし、ご飯もおいしいし。それにお城もすごくキレイで…。」



いつかプリンセスに憧れていた時のことを思い出した。

はじめて王城に入ったあの日。王女様には会えなかったけど、その代わりに心がとてもきれいな王様と王妃様に会えた。



「パパ。初めてここに来た日のこと、覚えてる?」

「ああ。」


パパは半分放心状態のまま、そう言った。

思い出すと思い出が走馬灯みたいによみがえってきて、懐かしくてあたたかくて、そして切なかった。



「あの日、私言ったよね。お姫様はいるのかって。」

「言ったね。」

「昔メイサが読んでくれた絵本にね、お姫様が出てきたの。みんなに愛されている、とても美しい女性が。」



あの本を見てみるずっとずっと前から、前の人生を送っている頃から、いつか自分はお姫様になれると、そう信じていた。



「あの日からずっと、憧れてたんだよ。夢がかなうの、小さい頃の、夢が。」



自分の夢がかなうだけじゃない。私はそれと同時にたくさんの人の希望になれる。



「こんな嬉しい事、ないでしょ?」



そんな嬉しくて光栄なことはない。

こんな幸せなことなんて、あるはずがない。



「だからお願い。行かせて、ルミエラスに。」



それ以来、誰も何も言わなくなった。しばらくするとパパが、唐突に私の手を握った。



「リア、お願いだから…。」

「パパ?」



パパは、泣いていた。

パパの涙を見るのは、あのクソ王子に会って以来だった。



大人の男の人の涙を見て決意が揺らぎそうだったけど、これ以上揺らがせないためにも私はパパの手を上から包み込んだ。



「私のわがまま、聞いてよ。ずっといい子にしてきたでしょ?これが最後のわがままだよ。」



パパはついに涙腺が崩壊したみたいで、私の手を握ったままシクシクと泣き始めた。私もパパの手を握ったまま、じぃじの方を見た。



「じぃじ、お願い。私の夢、叶えてほしい。」



じぃじも泣きそうな顔をして、私を見た。その顔を見ていたらやっぱり心臓が痛くなって私まで泣きそうになったけど、それをぐっとこらえた。



「リア。本当に、ごめん。」

「どうして謝るの?私が望んだことなのに。」



話せば話すほど、じぃじが苦しそうな顔になった。ウィルさんも両手をギュっと握ったまま、小刻みに震えていた。



「ねぇ、みんな。そんなに悲しい顔しないで。」



みんながあまりに悲しい顔をするから、自分の涙がスッと引いていく感じがした。私って結構強い女なんだなと、初めて自覚した。



「お嫁に行くんだよ?結婚、するんだよ?めでたいことなんだよ?おめでとうって、言ってよ。」



それからもみんなは一言だって、「おめでとう」って言ってくれなかった。

自分で望んだ結婚なのに、こんなにたくさんの人の希望になれる結婚なのに、おめでとうと言ってもらえないのは、なんだかすごく悲しい事な気がした。

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