第71話 "そんなこと"で片付けられない!


「リア。」


話が一旦落ち着いたと思ったら、じぃじが私の名前を改めて呼んだ。

改まってどうしたのかと疑問に思って「なぁに?」というと、じぃじは少し悲しい顔をした。



「ルミエラスの王から、催促が来ている。」



その言葉を聞いて、私はあの日のことを思い出した。



あの日、突然私と結婚することを条件にされたとき、あの場にいた全員の思考回路が停止したと思う。それでもなんとかその場をしのいで、明確な返事を保留したまま、半分無理やり国に帰ってきた。

そしてあやふやにしたままみんなが国交の手続きをしてくれたんだけど、引き伸ばすにももう限界があるらしい。



「そう…なんだ。」

「リア、いいんだ。断ろう。」



私の顔を見て、じぃじは今にも泣きそうな顔をして言った。



そう言えばあの日、ウィルさんにも同じことを言われた。


国交を結ぶ方法は、他にもある。今の話がもしダメになったとしても、その他の方法を考えればいい。私が犠牲になる必要はない、と。


でも私はきっぱりと断れなかった。だってその他の最善の策なんて、自分にも何も浮かばなかったから。

きっとウィルさんにだって、何の考えもないんだと思う。ただ私を気遣って、そう言ってくれているだけだ。



確かに今ルミエラスと国交が結べなくたって、リオレッドがつぶれるわけではない。ただ発展が遅れる。それだけの、話だ。



でも、私の中にいる小さな私は言った。




本当に、"それだけ"の話なのか?と。



ルミエラスと国交を結んで色々な技術が国に入ってきて。そうしたらきっと、もっと豊かになる。悲しむ人だってもっと減る。飢えで死んでしまう人なんて、きっといつかいなくなる。



これがすべて"それだけ"で片付けられるのか?と。




「じぃじ。」



そんなかっこいいことを考えていたけど、半年間答えも出せずにぐずぐずしてきてしまった。でももう結論を出さなきゃいけない時が来てしまったみたいだった。




「あのね。あと一晩だけ、考えさせて。」



どんな選択肢を選ぶにしても、あと一晩だけ結論を出す時間がほしい。

あともう一歩だけ、前に踏み出す勇気がほしい。


するとじぃじはやっぱり悲しい顔のまま「もちろんだ」と言った。



「リア。」



そしてその顔のまま、じぃじは私の横に移動してきた。



「リアが犠牲になることなんて、ないんだ。自分のことだけを考えて、決めてほしい。」

「分かった。」



じぃじはそう言って、私をギュっと抱き締めてくれた。

こうやって抱きしめて励ましてくれたのはもう何回目だろう。



はじめて私を王城に呼んでくれた日から今まで、じぃじに受けた恩を考えたら数えきれないくらいだ。


私はじぃじのぬくもりをもっと確かめるためにも、ギュッとじぃじを抱きしめ返した。





「ただいま。」

「おかえり、リア。」



この半年間ずっと、ママはどこか悲しそうな顔をしている。

私が何も話さないからか直接的にその話をされたことはないけど、きっとどうするのかと、不安に思っているんだと思う。



「疲れたから、ちょっと寝るね。」

「ごはんは?」

「寝てから食べる。」



ママの顔を見ていたら、もっと決断できなくなりそうだと思った。私はやっぱり心配そうな顔をしているママの頬にそっとキスをして、出来るだけ顔をみないまま部屋に戻った。




部屋に戻って、久しぶりに窓を開けてみた。



少し高台にあるこの家からは港が良く見渡せて、昔はこの景色をよく眺めていた。



「あんなおっさんと…。」



結婚するなんて、絶対に嫌だ。

アリアになって19年。まだパパ以外の男の人とはキスすらしてないのに、一生あの気持ち悪い顔とキスしなきゃいけないなんて。




「無理of無理だろうが…。」



どう考えてもイヤだ。無理だ。断ろう。

断ったって、誰も私を責めない。



ウィルさんだってじぃじだって。もちろんパパだって、ここで私が断って全て話がなしになったとしても、お前のせいだとは誰も言わない。




「言わない。言わない…けど。」



けど。

コンテナを作る話も、階級外の人たちを何とか働かせてあげる話だって、全部振り出しに戻ってしまう。それにあのクソみたいなおじさんなら、怒って戦争を起こすとか言い始めたっておかしくないと思う。



「それでいいの?」



いいのか悪いのか、考えても結論なんて出ない。

何もかも投げ出して、出来るなら逃げてしまいたい。



「はぁあああ~。」



いっそのこと、だれか全部決めてくれないかな。



何も考えたくなくて投げやりになって、私はベッドへと倒れこんだ。


すると目線の先の方にあった鏡台の上で、あのバレッタが月明りに照らされてキラキラと輝いているのが見えた。



「勇気の、バレッタ。」



これは、勇気のバレッタ。

自信がなくてうじうじしている私にテレジア様がくれた、勇気の印。



「勇気…。」



ここまでたどり着くまで何度だって、私は勇気を振り絞ってきた。クソ王子に殺されるかもしれない危機も、大勢の偉い大人の前で自分の意見を発表しなければいけない試練も、全部乗り越えてきた。



その勇気があってこその、今がある。



「ダメだ。」



今までの勇気を全部無駄にするなんて、そんなのダメだ。それに私の勇気を後押ししてくれた人たちの想いを全部無駄にしてしまうなんて、そんなのダメにだ。



"それだけ"なんて言葉で決めつけては、絶対にダメだ。



なにより大好きなこの国を危険にさらすなんて、絶対に出来ない。



月明りに反射してキラキラと輝くバレッタを、決意の代わりにギュっと握り直した。宝石がところどころ手に刺さって痛かったけど、そんなのはもう全く気にならなかった。

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