第70話 やっとここまでたどり着いたよ


「アリア、入ります。」



そして後日、私は通行証を使ってじぃじの部屋に行った。

するとじぃじはいつも通り「入れ」と中から返事をしてくれて、私は一人、行き慣れたその部屋へと足を踏み入れた。



「じぃじ。」

「久しぶりだね、リア。」

「体は、どう?」


最近じぃじはよく風邪をひいていて、私もあまり頻繁には会えていなかった。そのせいか少し頬がこけているような気がして、本気で心配になった。



「うん。まだ少し咳は出るけど、前よりはよくなったよ。」



全然よくなっていない様子で、じぃじは言った。こんな体調の悪い時に仕事の話をしに来てよくなかったかなと反省していると、じぃじはいつも通り優しく「座って」と言ってくれた。



「単刀直入に言うね。」



あまり長引かせてはじぃじも疲れてしまうかもしれない。

伝えたいことをさっさと伝えようとそう言うと、じぃじが「話してごらん」と言ってくれた。



「ルミエラスに船に乗せる大きな箱を作る、いい素材がある話は聞いてるよね?」

「ああ。ウィルが話してくれたよ。」



概要はウィルさんが話してくれているみたいだった。

だったらより単刀直入に話を進めようと、決意をこめて息を吸い込んだ。



「それを作るとなると、人手が足りなくなる。そうなったら、階級外の人たちに作ってもらったどうかと思ってるの。」



いつもは自分の考えがうまく伝わるように、頭を整理してから話をする。でも今回私が言いたかったのは、は頭の中を整理する手間もないほどにシンプルなことだった。


私の言葉を聞いている間、じぃじは黙ったまま静かにうつむいていた。



「昔ね、パパと初めてレルディアに遊びに来た日。」



はじめてパパに街に連れてきてもらった日のことを思い出した。遠い昔の話のはずなのに、あの日のことは今でも鮮明に思い出せる。



「初めて階級外の人たちを見たの。それで私はパパに聞いたわ。"あの人たちは誰?"って。」

「それで?」



じぃじはそこでやっと口を開いて、続きを話すよう促してくれた。私はやっと声が聞けたことに安心して、あの日のことをもう一度頭の中に浮かべてみた。



「そうしたらパパが言ったの。"あの人たちはリアとは違う"って。」



確かにパパは言った。違うんだと。



「でも何が違うの?」



きっと何も違わない。勝手に違うと、そう決めつけているだけだ。



「私たちはみんな、同じように感情を持ってる。楽しい気持ちも、嬉しい気持ちもある。それに悲しい気持ちだって、確かにもってる。何もかも同じなはずなのに、"違う"って一言で片づけるのは、すごくもったいないことだと思うの。」



違うと決めつけて可能性を止めてしまうのは、とてももったいない。それに違うと決めつけて誰か悲しい気持ちをする人がいるなら、それは絶対に間違ってる。



「誰にも悲しい想いをしてほしくないの。みんなが笑って暮らせる国の方が、絶対に幸せだと思うの。」



いつから、こんな風に人の幸せを願えるようになったんだろう。

産まれた時から純粋ではなかった私がこんな風になったのは、間違いなくじぃじのおかげだ。


するとじぃじは私の言葉を聞いて、「ふふふ」と笑った。



「君は大人がなかなか言えないことを、いつもはっきり言ってくれるね。」

「じぃじ。私ももう大人よ?」



19なんてまだまだお子ちゃまだと思うけど、この世界でいったら立派な大人だ。いつまでも子ども扱いしないでと頬を膨らませてじぃじを見ると、「そうだったね」と思い出したように言った。



「リア、その通りだよ。僕たちは何も違わない。」



じぃじはまっすぐ私の目を見て、そう言った。

賛成してくれるってのはどこか分かっていたつもりだったけど、じぃじの口から聞きたかった言葉を聞けてやっとホッとした私は、「よかった」と言った。



「もし本当にそうなったときは…。いや、すぐにだ。手が足りないところに階級外の者たちも派遣すると、発令しよう。」



じぃじはなぜか少し焦った様子で言った。

確かに今も手が足りてないし急ぐことに越したことはないんだけど、どうしてこんなに焦って結論を出すんだろうと疑問に思った。



「明日にでもゴードンに依頼をしよう。運送に携われば、その大きな箱を作る時もスムーズだろうから。」

「そうね。パパはいつも手が足りない話をしているから、ちょうどいいと思う。」



やっと、やっと。

ここまでたどり着いた。



これだけのことにたどり着くまでに、15年くらい、かかってしまった。

あの時街で見た人たちは、元気に生きているんだろうか。それにザックやティエルも、飢えに苦しんでいないだろうか。



どうかこれからはそういう人が、いなくなりますように。



私はどこまでも純粋な気持ちのまま相変わらず穏やかに笑うじぃじの顔を見て、心の底からそう願った。

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