第66話 魚釣りの技術をいつか教えるために



「ねぇちゃん、大丈夫。」



身構えている私に、ザックは言った。すると暗闇の方からは数人の大人の人が出てきて、私に向かって深い礼をした。



「あの…っ、ザックから聞きました。この度はなんとお礼をしていいのか…。」



ザックのお父さんなのか知り合いなのかはわからないけど、ボロボロの服を着たそのおじさんはぺこぺことしながら言った。



そう言えば私が誰か連れてきてって言ったんだとそこで私は思い出して、「いいんです」と言った。



「昨日、ザックとティエルが私を助けてくれたんです。これはそのお礼なので、気になさらないでください。」

「本当に天使のように美しくて優しい方だ…っ!」

「私たちにまでご慈悲をいただいて…っ。」


出てきた大人たちが、そうやって私を褒めてくれた。

本当に大したことをしてないのに気分が良くなって、私は思わず「へへへ」と照れ笑いをした。



「リア。」



するとその時、後ろから私を呼ぶ声が聞こえた。

その声には、すごく聞き覚えがあった。私はまるで泥棒をしているところを見られたかのような気持ちになって、ゆっくりと、後ろの方を振り返った。



「エバン…さん?」

「こそこそと…何をしてるの?」



私が名前を呼ぶと同時に、エバンさんは言った。

後ろから差し込む光がまぶしいせいで表情が全く読めなくて、怖くて何も言えなくなった。



「えっと、これは、その…。」



堂々としていればいいのに、私は若干ザックとティエルを隠しながら言い訳をさがした。するとエバンさんはゆっくりとこちらの方に近づいてきた。



「リア。」

「は、はい…っ。」

「お姉ちゃんを怒らないで!!!」



すると後ろに隠していたティエルが、私の前に出てきて両手を広げた。その体がガクガクと震えているのが分かって、私はティエルに「大丈夫だよ」と、言おうとした。



するとその時、エバンさんはティエルの前まできてしゃがんだ。ティエルはますます体を震わせてギュっと目をつぶったけど、エバンさんはそんなティエルの頭にに、大きな手のひらを置いた。



「怒らないよ、大丈夫。」



やっと見えたエバンさんの顔は、とても穏やかに笑っていた。表情が見えてやっとホッとした私は、おびえているみんなに「大丈夫です」と言った。



「この方は私の…。」



好きな人、なんて宣言するのはおかしいだろう。でも"お友達"と言えば、傷ついてしまうだろうか。何とでもいえばいいのになんといえばいいのか結論に迷っていると、ティエルが「わかった!」と言った。



「コイビトだ!」


ティエルは意味が分かっているのか分かっていないかよく分からない様子で、嬉しそうな顔をして言った。そんなにはっきりと言われてまた私が言葉を失っていると、エバンさんは「ふふふ」と笑った。



「残念ながらそれは違うんだ。」



エバンさんははっきりとそれを否定した。恋人ではないと私も分かっているのに、否定されてしまうのは少し悲しかった。



「違うけど…。」



するとエバンさんは付け足すようにして言った。



「お姉ちゃんはお兄ちゃんの好きな人なんだ。だから心配して、付いてきたんだよ。」



ティエルはその言葉を聞いて、「そうなんだ」と言って無邪気に笑った。私はというと一気に照れて何も言えなくなって、ただただその場でしゃがんでいるしか出来なかった。



「それで、リア。」

「は、はい…。」



気を取り直して、というテンションで、エバンさんは言った。まだ照れている私が顔を見れずにいると、エバンさんは後ろから何か大きな袋を前に差し出した。



「これで僕の勝ちかな?」



その袋の中には大量のパンが入っていた。驚いてエバンさんの方をみると、彼は相変わらず穏やかな顔で笑っていた。



「こんなにたくさん…っ!とてもじゃありませんが…。」



その袋を差し出したエバンさんに、おじさんが言った。でもエバンさんはゆっくりと、首を横に振った。



「この宿舎は毎日10時頃、この路地の先に廃棄のパンアメを捨てます。ただ廃棄したものは、15分以内には引き取られてしまうようです。」



エバンさんは穏やかなテンションのまま話をした。

みんなだけじゃなくて私も「そうなんだ」ってテンションで、その話を聞いた。



「廃棄するとはいっても、まだまだ食べられるものです。こんな事しか出来ず申し訳ないですが…。」

「いいえ…っ、ありがたいです。これからたまにここに来ることにします…!」



「本当にありがとうございます」と、大人の人たちは繰り返し言った。そして私たちが渡したパンアメを大切に持って、何度も礼をしながら暗闇の方へと進んでいった。



「リア。」

「ごめんなさい、私…。」



みんなが去った後、私はなぜかエバンさんに謝った。すると彼はもう一度「リア」と私の名前を呼んで、肩を持ってグッと自分の方に引き寄せた。



「どうして謝るの?何も悪い事、してないのに。」



予想外の言葉が出てきたことに驚いて、私はエバンさんを見上げた。すると彼はやっぱりとても優しい顔で笑って、もっと自分の方に私の体を密着させた。



「えらいね。リアは。」

「本当はダメなの。」



エバンさんは褒めてくれたし、みんなも喜んでくれた。でも本当はこれではダメだと、よく分かっている。



「何がダメなの?」


するとエバンさんは不思議そうな顔を言った。私は角を曲がる前に大きくこちらに手を振っているザクとティエルに手を振り返しながら、「これでは」と話を続けた。



「これでは魚を欲しがっている人に、魚を釣ってあげているだけなの。」



いつかどこかで聞いたことのある例えを出して言ってみた。エバンさんはやっぱり、何を言ってるんだって顔で私を見ていた。



「魚を欲しがっている人に魚を渡せば、その時は問題は解決するけど…。でも次に魚が欲しくなった時、自分たちではなにも出来ないから、根本的な解決にはならないんです。」




やっと例え話を理解してくれたようで、エバンさんは納得した様子で「そうだね」と言った。



「本当は魚釣りの技術を教えなきゃいけないんだと思う。それはルミエラスだけじゃない。リオレッドにもテムライムにも、魚釣りを教えなきゃいけない人たちがたくさんいる。」



今日はあの人たちはお腹いっぱいにパンアメが食べられるだろう。

それにしばらくは廃棄のパンアメで飢えをしのげるのかもしれない。でもそれは、全く根本的解決になっていない。私たちが今日したのは、その場しのぎの手助けだ。



「今は何もできないけど、いつか…。」



その先はあえて言わなかった。でもエバンさんはすべて理解した様子で、私の頭をポンポンと撫でた。



「リアは、本当に賢くて優しいね。」



それはこちらのセリフだという言葉を飲み込んだ代わりに、私はエバンさんに笑いかけた。するとエバンさんもにっこりと笑って、それにこたえてくれた。



「リアなら出来るよ、きっと。」

「うん。いつか、きっと。」



みえなくなった背中を探して、私は言った。エバンさんも同じように暗闇の奥の方を見つめて言ってくれた。



いつかきっと、こんな暗いところにいる人をなくしたい。



私は柄にもなく熱いことを考えながら、しばらくその場で立ち尽くしていた。


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