第65話 パンの密輸、始めちゃいました


「いただきました。」

「リア、もういいの?」


そして次の朝、私はソワソワしながら早々にご飯を終えた。するとそれに気づいたウィルさんがそう聞いてきたけど、私はなるべく自然に「ええ、会議の確認がしたいので」と言ってごまかした。



「無理しないでよ、昨日だって…。」

「もう大丈夫ですよ、本当に。何か考えてないと逆に落ち着かなくて。」



なんて嘘のセリフがすらすら出てくるようになった私は、とても優秀なビジネスウーマンに成長したと思う。私は不思議そうな顔してこちらを見ている皆さんに「では」と爽やかにあいさつをして、そのまま外に出た。



「あの、すみません。」



食事の会場から出てすぐ、宿舎の給仕担当さんに声をかけた。

可愛いメイドさんみたいな恰好をしたその子はまさか私に話しかけられると思っていなかったのか、少し驚いた様子で「はい」と返事をした。



「お部屋で少し食事の続きをしたいの。パンアメをいくつか持ってきてくださいますか?」



リオレッドもテムライムもそうだが、この国の主食はパンみたいなもので、ここではそれをアメと呼ぶ。私の言葉を聞いてすぐ給仕の女の子は、「おいくつお持ちしましょう」と聞いてくれた。



「んと、20個くらい。」

「20個、ですか…?」



パンアメはサイズ的に言うとメロンパンくらいの大きさだから、それを20個と言われて、その子はめちゃくちゃ驚いた顔になった。さすがに言い過ぎたかなと反省しながらも、そこは私も後に引くわけにいかなかった。



「う、うん。すごくおいしいからお昼にも食べたいの。」



全然言い訳になってないだろうけど、その子は不審そうな顔をしながらも「かしこまりました」と返事をしてくれた。そしてしばらくすると大きなカゴいっぱいに、パンアメを持ってきてくれた。



「ありがとうございました。」

「リア様、そんなに食べたら体調を崩されますよ。」



ドアを閉めたと同時に、大量のパンアメを見たティーナが言った。私は「はぁ」とため息をつきながら、ティーナの肩にポンと手を置いた。



「あのね。私がいくら食いしん坊だからって、こんなに食べるわけないでしょ。」

「でしたらそれは…。」

「ティーナ。ちょっとお願いがあるんだけど。」



言葉をさえぎった私に、ティーナは驚いた顔をした。でもすぐに真剣な顔をして、「なんでしょう」と答えてくれた。



「宿舎の裏口あるじゃない?そこまでの通路に人が誰もいないかどうか、見てきてほしいんだけど。」



こそこそとする必要はないかもしれない。

でももしかするテムライムの人の中にもリオレッドの人の中にも、身分の差を気にして施しをすることを嫌がる人がいるかもしれないということを、私は警戒していた。



今いい関係を築けているのに今こんなことでそれを崩すわけにはいかない。ティーナは私が何を言いたいのかと一瞬考えたみたいだったけど、すぐに「かしこまりました」と言った後、部屋から様子を見にいってくれた。



「今なら大丈夫そうです。多分朝食が終わって、皆さんお部屋で休まれてます。」

「ありがとう!ちょっと行ってくるわ。」

「どこにです?私も…。」



20個と言ったけど、給仕の子が気を使ってくれたのか、どう見ても20個以上の大量のパンアメが、カゴ4つに入りきらないほど入っていた。私がそれを全部持って行こうとするのを気遣ってティーナが付いて来ようとしたけど、私はそれを止めた。



「ううん、いいの。みなかったことにして部屋にいてくれる?」

「でも…。」



それでもついて行こうとするティーナを、私は何とか止めた。私の勝手な行動に巻き込んで、ティーナを危ない目にあわすわけにはいかない。


私はティーナを部屋に押し込むみたいにして返して、自分はあたりを警戒しながら、裏口から昨日の路地の方へと向かった。





朝だっていうのに、路地はやっぱり真っ暗だった。

ここまで誰にも見られずに来るミッションまではクリアできたけど、昨日ぶりの不気味さに、私は少し身震いすら覚えた。



「ザック?ティエル?」



来てとは言ったけど、もし来ていなかったとしたらこの大量のパンアメをどう処理したらいいんだろう。名前を呼んでもしばらく何の反応もなくて、来なかったことまで想定できなかった自分を恨んだ。



「リア、ねぇちゃん…?」



でもしばらくして、奥の方から遠慮がちに私を呼ぶ声が聞こえた。まだ姿も見えてないのにホッとしてしまった私は、「おいで!」と大声で叫んでしまった。



「ねぇちゃん!」



すると飛び出すみたいにして、ティエルが私に抱き着いてきた。私は一旦カゴを下に置いて、「おはよう」とあいさつをした。



「これで、足りるかな?」



ティエルの後ろからゆっくり出てきたザックに、カゴをみせて聞いてみた。するとザックはすごく驚いた顔をした後、「足りるけど…」と小さい声で言った。



「こんなに、いいの?」



ザックは申し訳なさそうな顔で続けて言った。

私はその場でしゃがんでザックに目線を合わせて、頭をゆっくりと撫でた。



「子どもが大人に遠慮しないの。」

「ねぇちゃんだって子どもじゃん。」



ザックは生意気にもそう言ったけど、すぐに「ありがとう」と言って笑ってくれた。私は近づいてきたティエルも同時に両手で撫でて、ギュッと二人を抱きしめた。



「あの…。」



すると暗闇の方から、誰か違う人の声が聞こえた。

声が聞こえたことに驚いて、私は思わず二人を抱きしめている手を強めて身構えた。

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