第63話 どうやらはぐれてしまったようです


「息が、出来る…っ。」



その通りにはやっぱり人がいなかった。私はやっと自分の足で立って、なぜか切れている息を何とか整えた。



しばらくするとさっきまでいた通りの人ごみはだいぶ落ち着いたように見えたけど、それでもおさまってはいなかった。



「どうしよう。」



さて、どうしようと考えた。

一人でいるのが何となく怖くて早くみんなを探したかったけど、こんなにたくさん人がいる中では探せそうになかった。


「あれ?エルフのお嬢様は?」

「あっちの方にいらしたと思うけど。」


しばらくここで隠れているしかないかと腹をくくっていると、今度はそんな声が聞こえ始めた。もしかしてここではまた見つかってしまうかもしれないという危機感を覚え始めた私は仕方なく、大通りから反対側の方にその小道を進んでいくことにした。




「う~んと、宿舎はたしかあっち方面だよな…。」



方向さえわかれば、回り道をして私も帰れるって思った。

あのお店までは角を2回しか曲がってないはずだし、ちゃんとそっちの方向に向かいさえすれば、なんとかなる。



怖くないと言えばうそになるけど、さっきの人ごみの間を抜けていくことを考えたら、このくらい道を歩く方がマシだ。私は恐る恐る慎重に足を進めて、なんとか宿舎の方向へとすすんだ。




「あってますよねぇ…。」



きっと合ってるはずだ…。

方向音痴だってのを自覚はしているけど、前に進むしか私には道はなかった。ウィルさんの言う通り一本小道に入っただけで暗くて舗装すらされていなくて、初めてくる私には不気味な道でしかなかった。でももうここまできて引き返すことも出来ない。



そして帰れと言われても、多分帰れない。




「せ~んろはつづくぅよ~。」



怖くなってきた私は、小声で童謡でも歌ってみることにした。

この冷たくて暗い空間の中でパンケーキだけが暖かくて、不安な気持ちが止まらない私は、崩れない範囲でそれをギュっと抱き締めた。




「どぉ~こま、で、もぉ~。」



いや、どこまでも続くなよ。

頼むから宿舎にだけ繋がってくれ。



そんな都合のいい事あるはずがないのに、私は慎重に慎重に足を前に進めた。



すると今まで進んできた道は、とうとう行き止まりになった。多分宿舎が左方向にあるってことは分かっていたんだけど、そちらの道はさらに細くて暗かった。



「よしっ。」



それでもここにずっといるわけにはいかない。

もう一回自分を励ました後、私はゆっくりと、左の道に入ろうとした。



「きゃあっ!」



すると私の足元あたりで、何かが動く影が見えた。まさか動くものがいると思っていない私は、大きな声で驚いて思わずしりもちをついてしまった。



もしかして襲われる?

犯される?殺される?

どちらもいやだ…っ!

まだリアをしていたいっ!

食べたいものだっていっぱいある!

とりあえず帰ったらこのパンケーキ食べなきゃ気が済まない!


お別れだって言えてない!

まだまだみんなに会いたい!



必死で目をつぶって、届くか分からない天使にまたそう言った。

しばらく動けなくてそのままの体制でいたけど、何か襲ってきて死ぬどころか、周りはすごく静かなままだった。



私は恐る恐る、自分の顔を覆っていた手を下げていった。



「ふ、わ…っ!?」



目線の先にいたのは、小さな男の子と女の子だった。

男の子が多分10歳くらい、女の子は7歳くらいに見えて、男の子が女の子を守るみたいにして、両手を広げてこちらをにらんでいた。



――――兄妹、かな。



二人はまるで、王子に会った日の私とアルみたいに見えた。

でも二人はもうボロボロになった服を着ていて、私を襲うどころか怖がっているようにすら見えた。



「ご、ごめんね。大きな声出して。」



私も警戒心を解いて、そう言ってみた。すると徐々に男の子は両手を下げ始めて、女の子も男の子の陰からひょっこりと私の方を見ていた。



「初めまして。アリア・サンチェスって言います。」



いつもとは違う砕けた言い方で、自己紹介をした。すると男の子は完全に手を下げて、「どうしてここに」と言った。



「迷っちゃったの。」



いや、迷ってないけどさ。

と、心の中で付け足した。



男の子はまだ怖い顔をしていたけど、女の子は私の髪についているリボンを見て、キラキラした目をしていた。私はそのリボンをスッとほどいて、女の子の髪に結んであげた。



「あげる。驚かせたお詫び。」

「お姉ちゃん、いいの?」



女の子は初めて大きな声を出して言った。その目は宝石みたいにキラキラと、眩しいほどに輝いていた。



「お名前は?」

「ティエル、です。」



女の子は控えめな声で、そう言った。私はゆっくりゆっくりティエルに近づいて行って、私が良くパパにしてもらうみたいにして頭にポンと手を置いた。



「私よりティエルが付けた方が似合ってる。かわいいよ。」



ティエルは私の言葉を聞いて、花みたいに美しく笑った。リボン一つでこんな風に笑ってくれるなら、ドレスも脱いでおいて行ってあげようかと思った。



「ごめんね。お姉ちゃん、行くね。」



のんきにここにいるわけにもいかなくて、私は立ち上がって先を進もうとした。すると私の手を、男の子がパッとつかんだ。



「宿舎の方だろ?こっち。」



そうして男の子は、私の手を引いて右方向に連れて行った。

男の子が進んでいく小道にはところどころ丸まって座っているだけの人が見えて、その人たちはティエルたちと同じように、ボロボロにやぶれた服を着ていた。



――――まるでレルディアの、階級外の人たちみたいだ。



その姿はまさに、小さい頃に見たあの人たちのようだった。

でも数がレルディアより数倍多くて、それに調子が悪そうな人もところどころにいた。



私はそこで初めてウィルさんの言っていた"ルミエラスの闇"というものを、肌で感じることになった。

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