第56話 心臓爆発注意報が発令されました!
しばらくうろうろした結果、私は朝の会議室の横にあった談話室のようなところにたどりついた。談話室には大きなソファと立派な机があって、試しに座ってみるとソファはふかふかでとても気持ちよかった。
「よし。」
場所を変えただけで、何となく気分がリフレッシュしたように感じられた。
また独り言を言って気合いを入れなおしてから、信用状取引について簡単に説明できるよう、まとめてみることにした。
"リオレッドからルミエラスに商品を売る場合
1.ルミエラスバンクはリオレッドバンクに信用状を発行し、支払いを保証する
2.リオレッドはリオレッドバンクから信用状を受け取った時点で、商品を船に乗せる
3.船に乗せたことを確認した時点で、リオレッドバンクはリオレッドに代金を支払う
4.リオレッドバンクはルミエラスバンクに、商品が船に乗ったことの証明に書類を渡す
5.ルミエラスバンクは証明書類をルミエラスに渡す。
6.ルミエラスは書類を受け取った時点でルミエラスバンクに支払いをする"
「出来た。」
理論上は完璧だった。そりゃ昔の人が一生懸命考えてくれたものを私は文字にしているだけだから、完璧に違いない。
問題はルミエラスにそもそも信頼に足る銀行があるのか、そしてその銀行がリオレッドやテムライムのバンクを信頼してくれるかってところだよな。
いやいや、そもそも寄付しますって言ってる国に「お前の国は信頼できるか分からん」って、横暴が過ぎるだろ…。
しょうがないって分かってるけどさぁ~。
でもこのシステムが普通に運用されれば、リオレッドにとってもテムライムにとってもメリットになるからシステムを今のうちに作っておくのは悪くないよね。
って私いつからこんな真面目になったんだろ…。
いつからか国のことめちゃくちゃ真剣に考えちゃってるな、私のくせに。
「じぃじのせいだな~これも。」
全部全部、じぃじの影響だと思う。
あんなにかっこよくて根っから素晴らしい人の近くにいたら、誰だって心がキレイになっていく気がする。
「染まったな。」
「何に?」
私もすっかりこの世界に染まってしまった。
もう癖になってしまった独り言をブツブツ言っていると、後ろから私の声に誰かが反応した。びっくりして思わず体を揺らして振り返ると、入口にはドアにもたれかかってこちらを見ている、エバンさんが立っていた。
「エバン、さん…?」
まるで幻を見ているかのような気持ちになって、恐る恐る名前を呼んでみた。するとエバンさんはクスクスと笑って、「はい」と返事をしてくれた。
「あまりにも真剣だったから話しかけにくくて。」
「いつから、いたの…?」
まさか色々と聞かれてたかと思うと一気に恥ずかしくなって、顔が熱くなり始めた。本当かどうかは分からないけどエバンさんは「今来たばっかりだよ」と、優しく言った。
「いい?入って。」
「うん。」
「ありがとう」と言って、エバンさんはゆっくり部屋に入ってきた。薄暗い部屋の中でエバンさんの赤い目だけが、明るく輝いている気がした。
「久しぶりだね、元気だった?」
「うん…。」
エバンさんはそのままゆっくりと、ソファに腰かけた。
ここに来るまでずっと一緒だったけど、お互い仕事で来ているから、なかなか個人的に話が出来なかった。さっきだって同じ部屋にいたはずなのに一気に心臓がドキドキして、もう止まりそうになかった。
「終わりそう?」
「うん、だいたい。」
「よかった。」
エバンさんはそう言って、私の頭に手を置いた。これ以上ドキドキしたら、心臓が破裂して私の人生の方が終わりそうだと思った。
「疲れてるでしょ。」
「え?」
頭に手を置いたまま、心配そうな顔をしてエバンさんは言った。
そんなに疲れてないけどと思ってエバンさんを見たけど、彼はやっぱり心配そうな顔を崩さなかった。
「昨日からそんなにご飯も食べられてないみたいだし。今日だって残してたでしょ?」
私が食いしん坊なことがばれていることが、まず恥ずかしかった。それにちゃんと見られていたことも恥ずかしくてうつむくと、エバンさんは「リア」とすごく優し声で言った。
「無理しないで。」
「無理なんて…。」
本当にしてないと、自分では思っている。
でも言われてみれば今だって寝ろと言われれば一瞬で寝られるし、どことなく頭も痛い気がする。まだルミエラスについて2日目なのに、すでにへばってしまっている自分が、とても情けなく思えた。
「リアはいつも頑張りすぎだよ。」
「そんなこと…。」
「そうなの。」
エバンさんはそう言って、私の肩を抱いた。そのままギュっと私の体を自分の方に寄せて、「リア」とまた名前を呼んだ。
「会いたかった。」
エバンさんの不意の言葉に、また自分の心臓が高鳴るのが分かった。いちいちうるさい心臓のせいで何も言えなかったけど、「私もです」っていう代わりに、エバンさんの胸に頭を預けた。
「久しぶりに会った君がそんなに無理してると、誘拐したくなるよ。」
「ふふ、なにそれ。」
エバンさんの心臓は、やっぱりドキドキとしていた。彼は自分の心臓の音を私に聞かれている事、気が付いているのだろうか。でもそういう私の心臓の音だって、もしかしたら聞こえてしまっているのかもしれないなと思った。
「なんだか、眠くなってきちゃった。」
心臓は相変わらずうるさいはずなのに、エバンさんの体温がとても心地よくて落ち着く感じがした。いつまでもこうしていたいとすら思えて、私は完全に体重を彼に預けてみた。
「寝ていいよ。」
するとエバンさんは座高を下げて私の頭を自分の肩に置いた。驚いて彼の方をみると、顔が近すぎてついに顔が沸騰して爆発してしまうかもと思った。
「しばらく寝たら、起こしてあげる。」
こんなところで寝てはいけないと、私の中の私が言っていた。
でも心地いいぬくもりと、久しぶりに感じるエバンさんのにおいに包まれていたら、まぶたがどんどん眠気に負け始めた。
「エバンさん?」
「ん?」
「ありがとう。」
今は言えない"好き"の代わりに、"ありがとう"を伝えてみた。
私の本当の気持ちが彼に伝わったかはよく分からないうちに、どんどんと私の意識はどこか遠くに行ってしまった。
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