第53話 "信頼"という厚い基盤



「昨日軽く郊外を見て回りました。以前より食糧難が進行していると見受けられましたが、いかがでしょうか。」



昨日私がぐーすか寝ていた間に、ウィルさんはそんなことまでしてくれていたのか。みんな同じ状況で疲れているはずなのに自分だけがのんきに部屋で過ごしてしまったことを、その一言で後悔した。



「恥ずかしながら…。」



するとヒヨルドさんは、言いにくそうに話を始めた。



「恥ずかしながらその通りだ、ウィル。なんとか改善策を講じてはいるが…。今年は天候不良ってのもあって、さらに状況は悪化している。」



どこか頭を抱えた様子でヒヨルドさんが言った。ウィルさんが言ったとおりに交渉が進んでいることに思わずにやけそうになってしまったけど、なんとかキリっとした顔を保った。



「僕はあくまでもリオレッドの人間です。それだけを考えれば技術の売り買いだけで十分なのだと思います。」




そんなヒヨルドさんに、ウィルさんは毅然とした態度で言った。どんな時でも頼もしい姿勢が崩れないウィルさんは、とてもかっこよかった。



「ですが私は、半分はルミエラスで出来た人間だと自覚しています。私みたいな異国のものを、ルミエラスの人々は暖かく迎え入れてくれた…。その恩を忘れることはありません。」



ウィルさんの言葉を聞いて、じぃじのことを思い出した。

じぃじはとても、"恩"を大切にしている人だと思う。私は少なくとも、おおきくじぃじに影響されているうちの一人だと自覚しているけど、ウィルさんもきっとそうなんだろうなと思った。



「よって今回リオレッド王国としましては、取引をする前に、食糧難が落ち着くまでの間、無期限で食糧支援をさせていただきたいと思っております。」



ウィルさんの言葉に、ルミエラスの人たちがびっくりした顔をしてこちらを見ていた。交渉はされるとは予想していたけど、まさか支援してくれるとは思っていなかったんだろう。


私はやっぱり傍観者のまま、その交渉の状況を見つめていた。



「もちろん王からの賛同も得ています。」

「テムライム王国も、リオレッドと共に食糧支援をさせていただこうと思っております。」



ロッタさんもウィルさんの言葉を後押しするように、力強く言った。ルミエラスの人たちは言葉を失ったままこちらを見ていた。



「国交を結びましょう。」



驚くルミエラスの人たちに追い打ちをかけるように、ウィルさんはにっこり笑って言った。



「支援をするだけでは、根本的な問題は解決しません。いずれ状況が落ち着いた時、我々はルミエラスから技術を買う、そしてルミエラスは我々の食糧を買う。お互い必要な部分の穴埋めが出来る関係を築けると、私は思っています。」



ウィルさんがそう言ったのを最後に、ルミエラスの人々はしばらく固まった。今すぐにでも静寂を破りたい衝動を抑えて、私は固唾をのんでルミエラスの人々に注目をした。



「すみません…。」



その静寂を破ったのは、ヒヨルドさんだった。

ヒヨルドさんはうつむいたまま顔をあげず、なぜか消えそうな声でこちらに謝った。こんないい提案なのに断れられるのかなと思って見守っていると、ヒヨルドさんは目をうるませながら顔をあげた。



「あまりにも予想していなかった提案がきたことに、驚いてしまって…。」



屈強な男性がその瞳をうるませながら、優しい声で言った。想いは人を動かすんだなと、私はすでに感動すら覚え始めていた。



「ウィル。それは我々にとってメリットしかない提案だ。しかし、すこし我々に寄りすぎていないかい?」



しばらく精神統一をした後、気を取り直してヒヨルドさんがウィルさんにいった。するとウィルさんはその言葉を聞いて、なぜか嬉しそうに笑った。



「ええ、そう思います。」



その笑顔のまま、ウィルさんははっきりと言った。

そんなにはっきり答えていいものなのかと私は動揺していたけど、やっぱりウィルさんは全く動揺をみせなかった。



「先ほど言った通り、僕はリオレッドの人間です。そしてリオレッド王国の王は、いつも僕に言います。"信頼の上に、国は出来るんだ"と。」



じぃじは本当に、ずっとずっとその言葉を繰り返している。

最初はすごい人だなとしか思っていなかったけど、こういう場に出るようになってから本当にそうだと、私もうなずけるようになった。



「国交を結ぶためにも、まずは信頼が必要です。このままただ金銭で相手の望むものをやり取りしてもきっとうまくはいきますが、信頼の出来ていない関係では、いつかそのバランスが崩れてしまいかねません。」



未来のためになることを、ウィルさんも考えている。今はもちろん大事なんだろうけど、未来のために自分が出来ることを考えてくれている。



「まずは基盤を作りたいんです。信頼という、厚い基盤を。そのためにはまったく惜しくはない提案だと、我々は考えています。」

「ありがとう、本当に。ありがとうございます。」



その気持ちを察したのか、もはや泣きそうにすらなっているヒヨルドさんがこちらに頭を下げた。ウィルさんもロッタさんも「やめてください」と言って止めたけど、ヒヨルドさんやルミエラスの役人の人たちは、しばらくそのままの状態で顔をあげなかった。



「賛成しない理由が、見つかりません。」



ゆっくりと顔をあげた後、ヒヨルドさんはにっこり笑って言った。

私は自分が出る幕なんて一瞬もないまま交渉がうまく行きそうなことに、心底ほっとした。



「ですが一つだけ…。申し上げにくいのですが…。」



にもかかわらず、次の瞬間、ヒヨルドさんはとても言いにくそうにそう切り出した



それを聞いた心の中の私が、全力で叫んでいた。



いやいや、もうここでキレイに完結させてくれよっっ!!!

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