第52話 交渉の始まりです!


そしていよいよ、決戦の朝が来た。

私は気合いを入れるためにもじぃじが買ってくれたキレイなドレスを着て、髪の毛をポニーテールにしてもらった。



「はぁ、大丈夫かな。」

「大丈夫です、今日もとてもおきれいです。」



そういうことじゃないんだけど、今はちょっとした褒め言葉ですらもありがたく思えた。私はもう一度気合いを入れなおして、戦いの幕が切って落とされる部屋へと向かった。



今回は王不在で交渉が進むという事もあって、用意してもらった宿舎の中にある会議室で話し合いが行われることになっている。王城に行かなくていいっていうだけでも私の中では少し負担がすくなくて、それでもって昨日もこの場所に来ているから、緊張はいつもよりマシだ。



「リア、大丈夫?緊張してる?」



とはいっても私はどうやら緊張しているように見えるらしく、ルミエラスの人を待っている間にウィルさんが心配そうに聞いてくれた。私はそれに「大丈夫です」って言ったけど、ウィルさんはにっこり笑って頭に手を置いてくれた。



「大丈夫。リアに出番は来ないように、僕が頑張るからさ。」



パパ不在で不安な気持ちのままここに参加している私にとって、それ以上心強い言葉はなかった。私は「ありがとうございます」と言いながら肩に入っていた力をフッと抜いて、自分が出来うる範囲でリラックスして、ルミエラスの方々の到着を待つことにした。



「入られます。」



しばらくすると、大きなノックの後に案内役の方の声が聞こえた。音に驚いて背筋を伸ばして座り直すと、ドアからは昨日会ったヒヨルドさんと数名の偉い人っぽい人達が入ってきた。



「おはよう、ウィル。」

「おはようございます。本日はよろしくお願い致します。」



立ち上がったウィルさんやロッタさんに合わせて、私も立ち上がって礼をした。するとそれにこたえるみたいにルミエラスの方々も穏やかにあいさつをしてくれて、いい雰囲気のまま全員が席に着いた。



「昨晩はよく寝られましたか?」



席に着くとヒヨルドさんが、こちらを向いて聞いてくれた。自分の出番が真っ先にくると思っていなくて一瞬動揺しかけたけど、ちゃんとお嬢様モードを保ちながら「はい」と返事をした。



「街中だけでなくお部屋の中もとても素晴らしくて…。感動いたしました。」



その言葉通り、ルミエラスのホテルは街中と同じく感動で溢れていた。

まずシャワーなんてテムライムよりもっと発展していたし、大理石みたいなもので出来たバスタブだってついていた。お風呂のことばっかり言っているけど、それ以外の家具一つ一つからも文明の発展を感じて、感動せざるを得なかった。



「そんなことを言っていただけて嬉しいです。ありがとうございます。」



するとヒヨルドさんは本当にうれしそうな顔をしてそう答えてくれた。交渉の第一歩として好感触を得ることは出来たかなと、とりあえず安心した。



「それではさっそく本題の話に行こうか、ウィル。」

「はい。よろしくお願い致します。」



それからすぐに、ヒヨルドさんがウィルさんに話を振った。

多分私だけではなく、ここにいた全員が背筋を伸ばし直して、交渉へ向かう気持ちを作った。



「まず単刀直入に申し上げます。我々が求めているのはルミエラスの技術です。」



交渉が始まって一言目に、ウィルさんははっきりそう言った。

相手にはもちろん察せられているとは思うけど、自分が求めていることを真っ先に言ってしまう大胆さに驚いた。



「私も数年をかけて学ばせていただきましたが、それだけでは全く追いつきませんでした。この国の技術は本当に素晴らしい。それは誰よりも私が理解しています。」



それはそうだ。

ウィルさんは10年近くルミエラスに住んでいて、それでもってリオレッドの暮らしもよく知っている。二つの国のことをよく理解しているからこそ、その素晴らしさを一番理解しているのは、間違いなくウィルさんなんだと思う。



「本当は単純に、技術を売ってほしいと言ってしまえば簡単なのかもしれません。お金は誰にとっても大切なものですから。」



みんながウィルさんの話を真剣に聞いていた。

私が同じ立場だったら、こんなに注目されたら堂々としている事すら無理だ。こんな大役を余裕そうな顔でこなしているウィルさんがうらやましくなった。




「でも私はこの国に恩があります。この国は私にとって、第二の祖国です。ただ技術を売り買いするということだけじゃなく、この国を助けたいと、そう思っています。」



ウィルさんの言葉を聞いて、難しい顔をしていたルミエラスの人たちの表情が、少し変わるのが分かった。


いつの間にか傍観者になっていた私は、ただただ固唾をのんでその状況を見守っていた。

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